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    <title>酔流亭日乗</title>
    <link>http://suyiryutei.exblog.jp</link>
    <description>酔流亭の日記です。蕎麦屋の片隅で酒盃を傾けながら日々思うことを綴っていきます。</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
    <dc:rights>2026</dc:rights>
    <pubDate>Sun, 08 Mar 2026 10:20:45 +0900</pubDate>
    <dc:date>2026-03-08T10:20:45+09:00</dc:date>
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      <title>酔流亭日乗</title>
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      <description>酔流亭の日記です。蕎麦屋の片隅で酒盃を傾けながら日々思うことを綴っていきます。</description>
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      <title>沖縄で米軍ヘリがまた不時着　少年野球練習中の野球場に！</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36275951/</link>
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      <description><![CDATA[今日の朝刊（わが家の購読紙は朝日）社会面である。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/08/51/b0050651_08263046.jpg" alt="_b0050651_08263046.jpg" class="IMAGE_MID" height="513" width="385" /></center><br />
沖縄県名護市で6日、少年野球チームが練習していた最中の野球場に、米軍ヘリコプターが予告なしに不時着した。幸い怪我人は出なかったが、約30人が避難したという。ヘリコプターは普天間飛行場に配備されているもの。<br />
<br />
<br />
沖縄・名護の野球場に米軍ヘリ不時着　練習中の子どもら約30人避難 [沖縄県]：朝日新聞<br />
「市街地に位置し、住宅や学校で囲まれ、世界で最も危険と言われる普天間飛行場」（防衛省HPから）。米軍から返還させて、その危険性を除去するための代替施設だというのが、国が辺野古新基地建設を強行してきた論拠である。ところが、その論拠が土台から崩れる報道が2月に二つ続いた。<o:p></o:p>　まず、米シンクタンク大西洋評議会に海兵隊から研究員として派遣されている中佐が、同シンクタンクの公式サイトに2月3日付けで論文を発表。辺野古と普天間の併用を提言して、日米共同使用も促した。普天間は返還どころではない。<o:p></o:p>　ついで、米国防総省が米国監査院に対して、辺野古の代替施設では能力が不足するため、代替となる長い滑走路が選定されるまで普天間は返還しないと去年9月に公式文書で回答していたことが2月14日までにわかった。日本国内での最初の報道は沖縄タイムスの2月15日朝刊であったろうか。普天間の滑走路は2740ｍ。辺野古に建設が予定されているV字型滑走路は1800mしかない。<o:p></o:p>　報道されたこの二つはもちろん連動している。シンクタンク研究員の中佐の論文は米国防総省の見解に沿ったものだ。米国防総省見解についてはこのブログでも2月20日更新記事で取り上げた。<o:p></o:p><br />
　普天間飛行場返還の条件として「長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善」という条項がたしかにある。しかし、この条項からは、どの民間施設（空港）かを選定しておけとまでは読み取れない。日本政府は特定公共施設利用法などで法的枠組みはすでに整っており、事前に滑走路を選定する必要はないという立場だ。<o:p></o:p>強まる（自分たちが強めた）対中脅威論を追い風に、これまでに合意していないことにまで踏み込んで普天間返還のハードルを上げようというのが米国の狙いだろう。合意の一方の当事者である日本政府はそれに抗議しなければならないのに、ただ「辺野古が唯一の解決策」とくり返すだけだ。しかし、このままでは、たとえ辺野古新基地が完成したとしても普天間は返ってこない。危険はそのままだ。<o:p></o:p>そして辺野古基地の完成は、土木技術から見ても不可能である。最深で海面下90ｍに拡がる軟弱地盤は決定的だ。じつは去年の夏のあいだ埋立て工事はほとんど進まなかった。悪天候が表向きの理由だが、夏に台風がよく通過するのは沖縄では毎年のことだ。基地が完成しないのをむしろいいことに、米の本音は普天間をいつまでも使い続けることだろう。<o:p></o:p><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/08/51/b0050651_08514426.jpg" alt="_b0050651_08514426.jpg" class="IMAGE_MID" height="436" width="327" /></center>（上は2.27辺野古新基地建設を許さない集会のレジメから）3000ｍ級の滑走路を持つ空港が沖縄には二つある。那覇空港と宮古島市の下地島空港だ。那覇空港は民間と自衛隊が共同で使っている。今後、日米共同使用が狙われてくるだろうが、そうなれば、この沖縄の表玄関は過密化して、普天間の危険性が那覇に持ち込まれる。下地島空港はかつて1971年、屋良朝苗琉球政府主席（当時）が軍事使用はしないという覚書を国と交わした。日本政府は今年9月の沖縄知事選において玉城デニー知事を追い落とし、屋良覚書を破棄することを企んでいる。下地島空港のある宮古島は沖縄本島より台湾にずっと近い（沖縄島と台湾との中間あたり）。そこを軍事使用することになれば、中国との、またアジア全体での軍事緊張を高めてしまう。<o:p></o:p>基地問題の解決は基地を無くすことだ。代替施設に危険を拡散することではない。<o:p></o:p><br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 08 Mar 2026 08:24:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-08T08:24:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>お茶うけに　～鎌倉の銘菓〔きざはし〕</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36264385/</link>
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      <description><![CDATA[ここ3日ばかり、長い更新記事が続いた。<br />
前に別のところに寄稿したものをコピーして貼り付けるだけなので、酔流亭としてはむしろラクなのであるが、読んでくださる方には時間をとらせてしまったと思う。<br />
お付き合いくださり、ありがとうございます。<br />
で、今日はコーヒー・ブレイクというか、お菓子の写真で一息いれてください。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/06/51/b0050651_13325541.jpg" alt="_b0050651_13325541.jpg" class="IMAGE_MID" height="414" width="311" /></center><br />
一週間前（先月28日）神田まつやで蕎麦屋酒の会をやったとき、参加した一人であるKさんが手土産にくださったもの。〔きざはし〕というお菓子です。<br />
包装紙が鳩の画が入った豊島屋のものなので、「鳩サブレ？」と思ったのだが、もっと上等なお菓子だった。鳩サブレも美味しいけれど。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/06/51/b0050651_13321821.jpg" alt="_b0050651_13321821.jpg" class="IMAGE_MID" height="257" width="343" /></center><br />
わらび餅のような。焦がし黄な粉をたっぷりかけて食べた。<br />
＜きざはし＞という言葉が意味するのは、階段のような橋のことであるようだ。漢字では＜段＞＜陛＞＜階＞の3字があるらしい。＜階＞が一番しっくり来る気がする。<br />
くり返すが、美味しかった。<br />
<br />
<br />
＜中村雅之　和菓子の芸心＞「きざはし」（神奈川県鎌倉市・豊島屋）　能に通じるシンプルさ：東京新聞デジタル<br />
<br />
<br />
なお今日のタイトル〔お茶うけに〕は、小説家の中島京子さんが朝日新聞土曜版にほぼ月一で連載している同題のエッセイから拝借した。<br />
今日も土曜なので朝日新聞土曜版には中島さんのエッセイが載っているが、この連載は今日が最終回だという。23回目ということは、ほぼ2年間の連載だったわけだ。<br />
中島さんは文章をこう結んでいる。<br />
「しかし、＜不安の時代＞には勇ましい言葉が跋扈して、＜危険な時代＞を引き寄せてしまう可能性があることも、歴史から学んで、胸に刻みつけたいと思う。/わたしの『お茶うけに』は、今回で最後です。/読んでくださって、ありがとうございました。また、どこかで！」<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>身辺雑記・自然</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 06 Mar 2026 13:28:15 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-06T13:28:15+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>ベネズエラのこと『カフェーの帰り道』のこと　～〔いてんぜ通信〕寄稿②</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36250797/</link>
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      <description><![CDATA[昨日の続きです。〔いてんぜ通信〕2026春号寄稿『三が日くらゐは・・』の後半。<br />
<br />
<br />
『三が日くらゐは・・』　～〔いてんぜ通信〕26春号寄稿① : 酔流亭日乗<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/05/51/b0050651_08284392.jpg" alt="_b0050651_08284392.jpg" class="IMAGE_MID" height="417" width="313" /></center><br />
　ベネズエラで何が起きているか<o:p></o:p>1月3日未明、アメリカ軍の特殊部隊がベネズエラの首都カラカスを襲って、同国のマドゥロ大統領夫妻を寝室から拉致した。警備にあたっていた人々100人前後が殺害されたという。<o:p></o:p>トランプ米大統領は得意顔だ。1月21日、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会で演説して「2週間前にベネズエラで明らかになったように米国は人びとが理解していたよりはるかに偉大な国」と吹いてみせた。最低限の倫理観も持ち合わせていないのである。<o:p></o:p>たしかにハイテク技術では米軍は突出しており、その特殊部隊にこんな卑怯な不意打ちをかけられたら、よほどの軍事強国でなければ防ぎようがなかったろう。<o:p></o:p>同時に、見ておくべきなのは、かつて2003年にイラクに仕掛けたような全面侵攻はできていないことだ。そんなことは、ベネズエラ人民の強固な抵抗が予想されて出来ないのである。だから、本当はやりたいレジームチェンジ（体制の根本的転換）ではなく、副大統領だったデルシー・ゴンザレス氏を交渉相手に、従わなければマドゥロより酷い目に遭わせるぞと彼女を武力で脅しながらのディール（取り引き）である。まったくギャングの手口だ。<o:p></o:p>見えてきたこともある。ベネズエラの反体制派として去年ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャド氏を、トランプはあんなのはベネズエラ国内で支持も尊敬もされていないと貶め、今のところ（1月なかば時点）相手にしないつもりのようだ。ベネズエラ国内にあっては強権的なマドゥロに信はなく、もし選挙が公正になされるならばマチャド氏ら反体制派が圧勝するだろう、とさんざん聞かされてきた。しかし、それは眉唾でなかったろうか。1月15日、マチャド氏はホワイトハウスを訪れてトランプと会い、自分が受けたノーベル平和賞のメダルを額装してトランプに贈った。なんとも呆れかえる＜平和賞受賞者＞の醜態である。ベネズエラ国内で支持を期待できないからトランプに媚びへつらい、すり寄るしかないのである。<o:p></o:p>ベネズエラの経済がうまく行っていないのはそうだろうし、マドゥロの失政もあったろう。しかし、ベネズエラに苦境を強いてきた根本は、経済封鎖などアメリカによる虐めではないのか。<o:p></o:p>去年からベネズエラ船舶は「麻薬運搬船」だとして米軍機に攻撃されてきた。米紙ニューヨークタイムスが1月12日に報じたところでは、そのさい米軍機は民間機のような塗装をしていた。戦闘員が文民に扮して相手に油断させ攻撃するのは国際法違反だ。そもそも爆撃そのものが国際法違反であるが、偽装して軍機と思わせず、降伏する余地すら与えずに船員を皆殺しにしたのである。そして船が麻薬を運んでいたという証拠はいまだに挙がっていない。アメリカの人権啓発団体「WOLA」は、ベネズエラの麻薬取引量は地域全体やコロンビアなどに比べて小さいというデータを示している。ベネズエラが麻薬国家だというのは、これもトランプ得意のフェイク・ストーリーである。<o:p></o:p>1月6日、マドゥロ大統領はニューヨークの裁判所に足かせをはめられて出廷したが、「私はベネズエラの大統領」と述べ、屈してはいない。同じころカラカスで暫定大統領の就任演説を行なったロドリゲス氏の背にはチャベス、マドゥロ、そしてラテンアメリカ解放の父シモン・ボリバルの像が掲げられていた。面従腹背を強いられたとしても、ベネズエラ人民は闘いを放棄してはいない。＜暴君としての国家＞との闘いはインターナショナルに（国境を越えて）ひろがっていくだろう。<o:p></o:p>　直木賞受賞『カフェーの帰り道』と佐多稲子わが連れ合いは、文芸書の新刊に感度のよいアンテナを張っているから、最新の（第174回）直木賞受賞作品『カフェーの帰り道』（嶋津 輝）も1月14日の受賞発表より前に購入していた。さっそく借りて読ませてもらう。約100年前のカフェーで働く女性たちの物語で、舞台となるカフェーは「上野と湯島と本郷の狭間にある」（185ページ）と聞いて、それってまるで佐多稲子の世界じゃないのと、まず思った。<o:p></o:p>佐多稲子（1904-1998）は、ちょうど100年前の1926年、離婚したあと本郷動坂のカフェー紅緑に勤めているからだ。そのころ中野重治、堀辰雄、窪川鶴次郎らと知り合い、文学への道に入って行くのである。<o:p></o:p>佐多稲子をモデルにしたような人物が登場するわけではない。とはいえ、作者が佐多を意識したであろうことは、5編の短編からなる一冊のうち最初の作品のタイトルが『稲子のカフェー』であることからも覗われる。ここでの主人公・稲子は、しかしカフェーで働く女給さんでも左翼小説家でもなく、夫がもしかしたらカフェーの女給と深い仲になっているのではないかと不安にかられる40年配の主婦だ。その疑いはじき晴れるのだが。<o:p></o:p>3作目の『出戻りセイ』という作品では、セイという女給さんと懇ろになる常連客は、神田五軒町の床屋で働く理髪師。神田五軒町といえば郵政共同センター（『伝送便』事務所）のあるあたりだから、いつもその辺りをうろついている私はつい親しみを覚えるが、小説の中では神田五軒町には床屋は2軒しかなくて、堀田理髪店と佐多床だという。<o:p></o:p>理髪師がどちらの店で働いているのかは作中では明かされない。しかし、1軒の店名が佐多というのは、冒頭作『稲子のカフェー』における稲子と同様、こういうネーミングによって大先輩に対して敬意をこめて挨拶をしているのであろう。<o:p></o:p>連作小説は関東大震災（1923年）の2年後から始まり、1編ごと少しずつ時代は下っていって、戦後の復興が進む1950年まで。タイトルにはいずれも女性の名前が入っている。2作目からの＜美登里＞＜セイ＞＜タイ子＞＜幾子＞は全て、小説の舞台となるカフェー西行で働く女給の名だ。<o:p></o:p>1作目の＜稲子＞はそうでないのは先に触れた。<o:p></o:p>3作目、4作目では戦争が陰を落としてくる。3作目の『出戻りセイ』において、女給セイが心を通わせあう理髪師は、兵役検査では小柄な体躯なので第二乙種であった。<o:p></o:p>「体格的に甲種に及ばない者は乙種となり、乙種はさらに一種と二種に分けられる（108ページ）。<o:p></o:p>つまり、乙種で、しかもその二種となれば平時ならまず兵隊にとられない。そんな彼でさえ、二度も召集され、戦況が悪化した1943年の二度目の招集からは帰ってこなかった。<o:p></o:p>4作目『タイ子の昔』のタイ子は、初編『稲子のカフェー』において主婦・稲子が夫との仲を疑った人。稲子の夫の銀次は高等女学校の国語教師だが、カフェーでコーヒーを注文したとき受けたタイ子が注文を間違えて厨房に通したことから、彼女が字を読めないことに気づく。親切心と教育者気質から、ときどき彼女に字を教えてやるのである。もっとも、美貌のタイ子をにくからず思う気持ちが、ほのかながらあったようでもある。この銀次といい、カフェーのマスター菊田といい、優しくていい人すぎるのが、人物造形においてかすかに物足りなさを感じないこともない。<o:p></o:p>タイ子は若くして夫に先立たれたシングルマザーで、4作目に進むと一人息子の豪一も成長して兵隊にとられてしまう。国なんか守らなくてもいいから、とにかく生きて帰って来て。そう願う母親の気持ちは切実だ。<o:p></o:p>文学活動と共に社会変革運動にも突き進んでいった佐多稲子のようなタイプの人とは、この小説の作者はおそらく違うだろう。しかし、人々の心情をこまやかに描く筆致からは、戦争は嫌だ、もう起こしてはならない、という思いが静かに伝わってくる。<o:p></o:p><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/18/51/b0050651_14310717.jpg" alt="_b0050651_14310717.jpg" class="IMAGE_MID" height="404" width="303" /></center>労働者文学会<br />
]]></description>
      <dc:subject>文学・書評</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 04 Mar 2026 08:18:41 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-04T08:18:41+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>『三が日くらゐは・・』　～〔いてんぜ通信〕26春号寄稿①</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36250795/</link>
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      <description><![CDATA[〔いてんぜ通信〕の2026春号が届いた。いつもありがとうございます。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/04/51/b0050651_08022202.jpg" alt="_b0050651_08022202.jpg" class="IMAGE_MID" height="496" width="372" /></center><br />
この号に寄稿した文章を2回に分けて転写します。<br />
冒頭、朝日歌壇の松田姉妹の名が出てきますが、彼女たちをめぐっては、つい最近も明るい話題が。改めて「おめでとう！」と言っておきたいところです。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/04/51/b0050651_08014926.jpg" alt="_b0050651_08014926.jpg" class="IMAGE_MID" height="255" width="340" /></center><br />
　朝刊には読者による短歌や俳句の投稿欄があって、たいてい週に一度、選者によって選ばれた歌と句が載る。朝日新聞の歌壇によく載る松田姉妹（梨子さんとわこさん）の短歌なんて有名だ。そうして元旦には選者たち自身による新春詠が載る。朝日新聞歌壇選者の一人、永田和宏氏が今年ではなく去年（2025年）元旦に詠んだ歌が私は今も心に残る。<o:p></o:p>朝に飲み昼すこし飲み夜を飲むこの日くらゐはまあいいだらう<o:p></o:p>なぜ心に残るかの説明は不要ですね。酒呑みなら誰だって好きになるよ。永田氏は、おそらく若山牧水のこの歌をふまえて詠んだのであろう。<o:p></o:p>朝酒はやめむ昼酒せんもなしゆふがたばかり少し飲ましめ<o:p></o:p>短歌の作法なんて私はまったく不案内。でも、これは＜本歌取り（ほんかどり）＞みたいなものだろうか。ネットでそれ（本歌取り）を検索したら「・・和歌や連歌で，よく知られている古歌（本歌）の言葉や趣向をかりて新しい歌をつくること」云々と出て来たから。もっとも、さらに調べると「本歌の1句もしくは2句を自作に取り入れて・・」とか色々ルールがあるらしい。ここは深入りせず「みたいなもの」と曖昧にしておこう。<o:p></o:p>牧水の歌には苦味もある。前は朝だって昼だってガンガン飲んでいたのに、身体が弱って酒量も落ちてきたことを嘆いているのだ。彼は酒で寿命を縮めて43歳で夭折してしまった。死因は急性胃腸炎と肝硬変である。<o:p></o:p>私にしたところで、3年前の春先に大腸と胃腸の病気で続けて手術入院した身だ。まずS状結腸41㎝を切除する手術を受け、退院する日に「（手術前の）検査で胃に異状が見つかっていた。手術の前だから言わなかったけど」と告げられ、一月後に同じ病院にまた入院した。今度は内視鏡を使って患部（癌）を切除すればよかったので、お腹を切り開かれることはなく、日を置かずに続けての手術が可能だったわけだが。<o:p></o:p>以来、朝酒も昼酒もやめた。牧水が詠んだように「朝酒はやめむ昼酒せんもなし」だ。夕方だけは少し飲む。なるべく2合以内に収めるようにしている。「なるべく」というのがクセモノだけれど。<o:p></o:p>正月だけは晩年の牧水型ではなく、去年元旦の永田和宏氏型の飲み方に戻る。しかし永田氏は「この日くらゐは」と詠むから、朝昼晩のむのは元旦だけのことだろう。私は三が日そうしてしまう。今年も2日と3日は箱根駅伝のTV中継を視ながら、朝からずっと飲んでいた。2日の往路は、トップがほどよく入れ替わったから面白かった。早稲田の4区と5区もよく走ったけど、青山学院の5区のランナーが強すぎた。去年出ていた区間記録をさらに2分近く縮め、箱根の山の登り坂でいったんはトップに立っていた早稲田を残り1.5キロで抜き去った。<o:p></o:p>3日の復路は終始その青学の独走である。わがまち我孫子市にキャンパスがある中央学院大学を我が家は応援している。総合11位で惜しくもシード権（10位以内）を獲れなかった。10位の日大とは僅か55秒差。このチームは毎年、秋の予選会を勝ち上がって、しかし箱根路ではシードからこぼれることをくり返している。今年の秋もがんばって、来年また箱根に姿を見せてくれ。<o:p></o:p>　丸谷才一『裏声で歌へ君が代』をめぐって<o:p></o:p>三が日の2日と3日の午前はそういうふうに過ごしたとして、午後はどうしたかというと、丸谷才一の小説『裏声で歌へ君が代』を10数年ぶりに本棚から抜き出して読んでいた。<o:p></o:p>私はわりと晩婚のほうだったので、正月を独りで過ごした年が何度かある。そんなとき、雑煮がわりによくやった餅の食べ方は、インスタントのお吸い物を使うのである。『裏声で歌へ君が代』に、それと少し似た餅の食べ方をやる場面があった。全部で20章あるうちの14章目である。<o:p></o:p>主人公は独身の50がらみの画商だ。餅を三つ、オブン・トースターで焼き、<o:p></o:p>「・・彼は朱塗りの椀を二つ持って来て餅を入れ（洪の椀に一つ、自分のには二つ）、海苔茶漬けの素をかけて、上から熱い煎茶をたっぷりとついだ。・・」（新潮社刊、358ページ）<o:p></o:p>文中、洪とあるのは主人公の友人で台湾出身の人。主人公の家で2人だけの新年会をやっていたのである。洪は食事をもうすませていたので餅は一つだけもらうと言ったのだ。<o:p></o:p>私がかつて使った吸い物の素より、この場面での海苔茶漬けの素に熱い煎茶のほうが上等だし、きっともっと美味いに違いないが、ちょっと似ているでしょう。<o:p></o:p>私が丸谷才一の旧作（1982年刊）を引っ張り出したのは、去年秋の高市首相の例の「台湾有事」発言もあって、台湾のことをもっと知りたいと思ったからだ。小説に登場する洪さんは、都内で生活し、日本の国籍も持っているけれど、台湾独立運動のリーダーなのである。<o:p></o:p>いま台湾独立というと、中華人民共和国とは別に台湾で中華民国の「独立」を目指すというふうに思われがちだ。米国や日本の一部の人々が煽っているのも、そういう「独立」だ。<o:p></o:p>しかし、元々の台湾独立運動というのは、第二次大戦後に台湾に押しかけて来た中華民国（国民党、外省人）に対する、その前から台湾に住んでいた人々（本省人）による独立運動である。さらに、中華民国に対してだけでなく、人民共和国も含めて中華世界全体に対する、その世界のマージナル（周辺的）なところにいる人々の自己決定権を求める動きということであろうか。なお、国共内戦に敗れて台湾に押しかけて来たときの中華民国の首班は蒋介石で、彼が1975年に死去すると跡を継いだのは息子の蒋経国（～1988年）。『裏声で歌へ君が代』が書かれた1980年代初めといえば、まだ戒厳令が布かれ、国民党による独裁が続いていた。<o:p></o:p>中国は一つと私が思うのは、国際法は一つの国を代表する政府は一つだとしているし、すると現在の中国を代表するのは中華人民共和国であろうと考えるからである。この国を＜北京政府＞などと、去年11月に高市首相がまるで一地方政府みたいに言い放ったのは、やはり一国に対して無礼であるし、1972年の日中共同声明以来の精神に反すると言うほかない。中国が怒るのは当然だ。<o:p></o:p>同時に、中国は一つということを右記以外の意味でも使うことは控えなければならないかなとも思う。もっと考えていかなければならないことである。<o:p></o:p>タイトルに入っている以上、＜君が代＞のことも小説で言及される。第3章、フランス料理店での男女の会話の中にそれは出てくる。男女のうちの男のほう、すなわち主人公である画商が言うには、あの歌はつまり「めでためでたの若松様よ～♪」みたいなものらしい。なにかの宴席のとき、その集まりの長（おさ）にあたる人の長寿を祝って（あるいは祈って）一節うたうような。<o:p></o:p>私などは＜君が代＞の＜君＞とは天皇のことだと思い、天皇制が永遠に続くことを祈るなんてけしからん歌だと反撥してきたものだ。しかし、あの歌に天皇観念がねじ込まれたのはずっと遅く、近代になってからのことで、歌そのものはもっとずっと古くからあった。<o:p></o:p>「明治のはじめ、軍楽隊の雇ってゐる外人が、日本は国歌を定めるほうがいいと提案した。軍楽隊にゐる薩摩出身の若者たちがそれを聞いて、国歌にはあの文句が恰好だと言ひ出したのは、彼らの郷里の村でお祭りのときに歌ふ＜君が代は千代に八千代に＞といふ唄であった。」（63ページ）<o:p></o:p>「・・九州南端の村祭りの唄は、おそらく『隆達小唄集』の唄が流れて行って、幕末まで残っていたものだらう。これは戦国時代から江戸初期にかけて、三味線や竹の笛に合わせて歌われた隆達ぶしといふ小唄の集だが、この本の最初にあるのが＜君が代は千代に八千代に＞なのである。」（64ページ）<o:p></o:p>これはどうも国歌というようなものではないですね。胸をはって歌う気にはなれない。だから小説のタイトルは＜裏声で歌へ＞と屈折するわけだ。私は裏声でだって歌わないけれど。米映画『カサブランカ』（1942年、マイケル・カーチェス監督、ハンフリー・ボガード、イングリッド・バークマン主演）で、親ナチのヴィシー政権を嫌ってモロッコに逃れた亡命フランス人たちが祖国への思いを込めて『ラ・マルセイエーズ』を合唱するのとは事情が違う。どう違うのかといぶかるひとには、石川淳の随筆『歌ふ明日のために』（1952年）を読まれることを勧める。じつは『裏声で歌へ君が代』は、あの随筆を本歌とするところの本歌取りみたいなものではなかろうか。どうも行きがかり上、この語（本歌取り）にこだわってしまうが。<o:p></o:p>さて国の歌（とされるもの）を俎上に載せたからには、では国家とは何かに話は進むだろう。そう思って読んでいくうち、終わりのほうにこんな会話が登場する（第18章、494ページ以降）。<o:p></o:p>「しかし国家の本質的なものを見るには、昔のドイツのほうが具合がいいと思ひますよ。軍事的で封建的な警察国家、あれが国家の原型・・・」<o:p></o:p>「ええ」<o:p></o:p>「今のイギリスやフランスはむしろ例外的なものでせう。極端な例外・・・」<o:p></o:p>　（中略）<o:p></o:p>「それはさうかもしれないけれど、自然現象としての国家の、嵐や津波や火山の爆発みたいな猛威を、何とかうまくしのいで行かうと工夫した結果が現代西欧国家でせう。ですから、原型は君の言う通りとしても、すこしは制御できるし、やはり制御していくほうがいい。いくら諦めても、ね」<o:p></o:p>「しかし、本質は変わらないと思ひますよ、手加減したって」<o:p></o:p>「うん、本質はね。しかし表面は改まるし、その表面をすこしずつ深いところまで改めてゆくことはできるでせう。できないかな？」<o:p></o:p>「具体的に云ひますと」<o:p></o:p>「つまり、暴君としての国家から、国家に対する反対意見を容認する国家へと変へてゆく」<o:p></o:p>会話の一方が述べているのは、国家権力の立憲主義化とでも言うことであろうか。国家の本質は暴力装置であることを見据えた上で、その装置を麻痺させていくというような。それはどこまで可能であろうか。アメリカ合州国は、地理的に見ると会話に出てくる＜現代西欧国家＞とは離れている。大西洋の向こう側だ。しかし＜暴君としての国家＞であるより＜国家に対する反対意見を容認する国家＞であるのを標榜してきた。そのアメリカの国家権力が暴君そのものに振る舞うのを、しかも自国内だけでなく国境線を踏み越えてまでそうするのを、世界は新年早々見せつけられた。（つづく）ベネズエラのこと『カフェーの帰り道』のこと　～〔いてんぜ通信〕寄稿② : 酔流亭日乗<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/04/51/b0050651_08342522.jpg" alt="_b0050651_08342522.jpg" class="IMAGE_MID" height="344" width="259" /></center>労働者文学会<br />
]]></description>
      <dc:subject>文学・書評</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 04 Mar 2026 08:09:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-04T08:09:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>絶望するのはまだ～2・8総選挙の結果について『伝送便』寄稿</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36247071/</link>
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      <description><![CDATA[『伝送便』3月号へのもう一つの寄稿を転写します。2月8日に投開票された総選挙の結果について書きました。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/02/51/b0050651_08042120.jpg" alt="_b0050651_08042120.jpg" class="IMAGE_MID" height="294" width="392" /></center><br />
　総選挙投票日の前日であった二月七日の朝日新聞朝刊土曜版に、小説家の中島京子さんがとてもいい文章を書いていた。毎週、山田洋次氏ら数人が交代で執筆している欄である。その土曜日は中島さんに番が回っていたのだ（中島京子『お茶うけに』二二回）。　　中島京子さんの文「選挙というのは、わたしたち有権者が貴重な一票で民意を示す、とてもだいじな機会だ。日本は＜国民主権＞の国だから、国会議員や内閣総理大臣その人さえ、わたしたちのために働く公僕に過ぎない。/だから、その総理大臣が、自分の都合で好きなときに解散し、一度に約八五〇億円もの税金を使って選挙をやり直すことができるというのは、一有権者として素朴に違和感がある。しかも＜私が総理でいいのかどうか＞選ぶ選挙だと高市さんは言い、＜国論を二分する法案を出す予定だが、事前にそれを信任してほしい＞と訴えた。そんな、ばかな。内容を一切確認せずに、信用してくれと言われて契約書に判をつくようなことは、常識で考えて、できない。むしろやってはならない。それは、民主主義の＜選挙＞のあるべき姿ではない。/けれども、この選挙の正当性のなさを訴えて棄権でもすれば、わたしの一票は死票になる。まるで民主主義を人質にとられているような選挙だ。こうなったら、このひどい選挙を決行した政治にNOを言うための票を投じるしかないだろう。」<o:p></o:p>　全く同感であって、私の投票行動もこれに沿うものであった。私が居住する小選挙区では自民・中道改革・参政の三人の候補者しかいなかったから、中道改革の候補者に票を投じた。立憲民主党出身の前職で、プロフィールを見ると「安倍政権の安保法制をはじめとする憲法を無視した右傾化政策に強い危機感を持ち・・」云々とある。前回は小選挙区では自民に敗れて比例区で復活当選している。<o:p></o:p>　結果は、当選したのは自民党候補で得票一二万余票。次点が中道改革候補で得票七万余票、三位の参政党候補は三万余の得票であった。<o:p></o:p>　中道候補は前回同様、比例区で復活するものと思った。ところが、わずか三万余票の参政候補が比例区では当選し、中道は落選してしまう。中道改革のうち公明党系は小選挙区で候補を立てなかった分、比例区は上位にリストされ、立民系は下位に回った。そのワリを食ったのである。全国でこういう光景がくり広げられ、中道改革は惨敗（選挙前の立民・公明あわせて一七二議席から四九議席へ）したのである。そして立民系は、中道改革の中でも壊滅状態（一四八議席→二一議席）となった。中道改革惨敗といっても、公明党系に限っては、比例区の名簿順で優遇されたおかげで前回の二四議席から今回二八議席へと増やしている。こう書いていても、わかりにくい選挙制度である。　　比例では　では比例区ではどこに投票したか。護憲の立場にたつ共産・社民・れいわのどこでもいいと私は思っているが、今回はれいわに票を入れた。体調が良くないと伝えられた山本太郎代表に替わってTVでよく見かけた大石あきこ共同代表に好感を持ったからである。関西生コン労組の支援もしていると聞いた。それにれいわでは伊勢崎賢治氏が去年の参院選で東京比例区から立って議員になっている。ウクライナ問題では伊勢崎さんの言説がもっとも聴くに値すると私は思っているのだ。ついでながら、同問題で私があと啓発されたのは松里公孝・東大教授である。同氏の著作『ウクライナ動乱』（ちくま新書、二〇二三年刊）については本誌二〇二三年一一月号に田中英吾さんがきわめて適切な書評を書いている。<o:p></o:p>　しかし、そのれいわは今回ふるわなかった（八議席→一議席）。大石あきこさんも落選してしまった。<o:p></o:p>　共産党も半減し（八議席→四議席）、社民党は虎の子の一議席を失って議席ゼロに。<o:p></o:p>　なんとも絶望的な気持ちにもなってくる。ただ、もともと多数派であった側が、アンフェアにも自分の都合のいいタイミングを見計らって打って出た勝負である。自民が勝つのは当たり前だ。それにしては比例区の得票率に目を向けると、自民は三六・七二％、中道が一八・二三％。小選挙区での大勝ぶりと比較して、自民を支持した人の割合は決して高くない。中道に対しても二対一ほどの差。もちろん大差ではあるが、有権者の圧倒的多数が自民に白紙委任したというわけではない。　　どこから反撃するか　二〇二一年に九六歳で亡くなった歴史家の色川大吉さんは、いつの時代でも権力にたやすくはなびかない人は全体の中に三割くらいはいると生前述べていた。そこに希望を持つと。私たちの運動によってその三割に地道に上積みしていけばいいのである。<o:p></o:p>　本稿の冒頭に触れた中島京子さんは、引用箇所のすこし後に去年の参院選挙をふりかえって、こう述べる。<o:p></o:p>「あのときのことは恐怖感とともに心に沁みついている。/選挙の候補者たちの多くが＜外国人排斥＞を主張し出したのだ。/・・・これらがいかに根も葉もない嘘、デマ、悪罵であるかは、新聞社などが丁寧に行ったファクトチェックをインターネットででも調べてもらえばすぐわかる。/デマを根拠に外国人を攻撃するのは、とてもはっきりした＜差別扇動＞だ。」<o:p></o:p>　中島さんが二〇二一年に発表した小説『やさしい猫』（中央公論新社）には、日本で暮らすスリランカ出身の青年を通じて、在日外国人が置かれた状態の理不尽さが描かれていた。いい作品である。こうした創作活動は、色川さんが言う＜三割＞を上積みしていく上での文学者の貴重な営みだろう。<o:p></o:p>　私たち労働者は、「働いて働いて働いて・・」なる高市流＜死ぬまで働け＞路線と闘おう。二〇一九年にようやく導入され、それ自体がユルユル・ずぶずぶとの批判をまぬがれない労働時間規制さえ、早くももっと緩められようとしている。裁量労働制の拡大とか。そうなれば健康破壊や過労死・自死がさらに増えるだろう。一昨年結成された〔郵便局過労死家族とその仲間たち〕（郵便局員過労死家族会）は、郵政の労働現場における大事な抵抗線である。一昨年の結成総会には社民党の大椿ゆうこ議員、共産党の伊藤岳議員が参加し、山添拓（共産）、大石あきこ（れいわ）の両議員がメッセージを寄せてくださった。去年と今年の二つの国政選挙を通じて、今や国会に残るのは山添拓参院議員だけになったが、私たちは職場や地域での運動を創り上げていくことによって、私たちの仲間である彼らを再び国会に送りこもう。もう死なせるな！　～郵便局員過労死家族会発足について『思想運動』紙掲載記事 : 酔流亭日乗<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/07/51/b0050651_08381057.jpg" alt="_b0050651_08381057.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="427" /></center>伝送便 TOP - 伝送便<br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 03 Mar 2026 15:26:06 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-03T15:26:06+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>「おとがめなし」にも引っかかる　～昨日の朝日コラムに</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36238468/</link>
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      <description><![CDATA[我が家のあたりでは午前6時ごろから雨がポツリポツリ。これから本格的に降り出し、一日雨の雛祭りになりそうだ。<br />
さてトランプ指揮下のアメリカによる暴挙が続く。<br />
イランへの攻撃を、昨日の朝日新聞朝刊一面コラム〔座標軸〕が「歴史の教訓に学ばぬ暴挙」と指弾したのには同感だ。しかし、このコラムの論旨には決定的に欠けたものがある。そんなアメリカと日本が同盟関係にあることには何も言わないのだ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/02/51/b0050651_12552847.jpg" alt="_b0050651_12552847.jpg" class="IMAGE_MID" height="526" width="395" /></center><br />
（座標軸）歴史の教訓に学ばぬ暴挙　論説主幹・佐藤武嗣：朝日新聞<br />
<br />
<br />
そのことを明確に指摘しているのは〔アリの一言〕というブログの昨日の更新記事である。酔流亭はこのコラムの存在を友人に教えてもらって、最近は毎朝目を通している。<br />
<br />
<br />
米のイラン攻撃・今こそ「日米同盟解消」の議論を | アリの一言<br />
<br />
<br />
上に貼り付けた記事から、ことにその指摘の箇所を引用しよう。<br />
「・・それより日本にはきわめて具体的な問題が提起されているはずです。それは、安保条約を廃棄して日米軍事同盟を解消することです。高市・自民が米・トランプの相次ぐ暴挙にも沈黙を決め込んでいるのは、日米軍事同盟があるからです。なぜその根源にメスをいれよと主張しない（できない）のでしょうか。」<o:p></o:p>まったく同感する。酔流亭にはあの朝日新聞コラムに引っかかったことがもう一つある。3段目、＜国際社会に負の影＞という小見出しの前の箇所である。こうある。「・・しかもNPOの枠外で核兵器を保有するイスラエルはおとがめなしで共にイランへの攻撃に加わる。そんな不条理は許されまい。」このどこに引っかかったか。書いてあることはそのとおりなのである。だが＜おとがめなし＞という表記だ。＜おとがめ＞などと言わずに＜とがめられもせずに＞とでも書けばいいところである。何が言いたいか。咎めるの前に＜お＞を付ける＜おとがめ＞という言葉には、目上の者が相手を咎める、叱責するという位置関係が前提とされているのだ。朝日コラムの書き方では、アメリカが世界の中で一歩高いところにいるというのが暗黙の前提になってしまう。だからトランプの暴挙に対しても忠臣が暴君の顔色を覗いながら恐る恐る諫言するようなスタンスだ。それでも高市や小泉のような媚びへつらいよりはいいのかもしれない・・・とすませておくわけにはいかない。毎月購読料を払っているんだから。<br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 02 Mar 2026 12:27:30 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-02T12:27:30+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>『カフェーの帰り道』について『伝送便』誌に書いた書評</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36237195/</link>
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      <description><![CDATA[第174回直木賞を受賞した『カフェーの帰り道』（嶋津 輝&nbsp;著）について『伝送便』3月号に書いた書評を転載します。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/02/51/b0050651_08045004.jpg" alt="_b0050651_08045004.jpg" class="IMAGE_MID" height="538" width="404" /></center><br />
第一七四回直木賞受賞作『カフェーの帰り道』（嶋津輝）が約一〇〇年前のカフェーで働く女性たちの物語で、舞台となるカフェーは「上野と湯島と本郷の狭間にある」と聞いて、それってまるで佐多稲子の世界じゃないのと、まず思った。<o:p></o:p>佐多稲子（一九〇四-一九九八）は、ちょうど一〇〇年前の一九二六年、離婚したあと本郷動坂のカフェー紅緑に勤めているからだ。そのころ中野重治、堀辰雄、窪川鶴次郎らと知り合い、文学への道に入って行くのである。<o:p></o:p>稲子をモデルにした人物が登場するわけではない。とはいえ、作者が佐多を意識したであろうことは、五編の短編のうち最初の作品のタイトルが『稲子のカフェー』であることからも覗われる。ここでの主人公・稲子は、しかしカフェーで働く女給さんでも左翼小説家でもなく、夫がもしかしたらカフェーの女給と深い仲になっているのではないかと不安にかられる四〇年配の主婦だ。その疑いはじき晴れるのだが。<o:p></o:p>三作目の『出戻りセイ』では、セイという女給さんと懇ろになる常連客は、神田五軒町の床屋で働く理髪師。現実のこんにちでは郵政共同センター（『伝送便』事務所）のあるあたりだ。小説の中では神田五軒町には床屋は二軒しかなくて、堀田理髪店と佐多床だという。一軒の店名が佐多というのは、冒頭作『稲子のカフェー』と同様、こういうネーミングによって大先輩に対して敬意をこめて挨拶をしたのであろう。<o:p></o:p>タイトルにはいずれも女性の名前が入っていて、二作目からの＜美登里＞＜セイ＞＜タイ子＞＜幾子＞は全て、小説の舞台、カフェー西行で働く女給の名だ。<o:p></o:p>時がたち、次第に戦争が陰を落としてくる。三作目において、女給セイが心を通わせあう理髪師は、兵役検査では小柄な体躯なので第二乙種であった。平時ならまず兵隊にとられない。そんな彼でさえ、二度も召集され、戦況が悪化した一九四三年の二度目の招集からは帰ってこなかった。<o:p></o:p>四作目『タイ子の昔』のタイ子は、初編において主婦・稲子が夫との仲を疑った人。稲子の夫の銀次は高等女学校の国語教師だが、カフェーでコーヒーを注文したときタイ子が字を読めないことに気づく。親切心と教育者気質から、ときどき彼女に読み書きを教えてやるのである。もっとも、美貌のタイ子をにくからず思う気持ちが、ほのかながらあったようでもある。この銀次といい、カフェーのマスター菊田といい、優しくていい人すぎるのが、人物造形においてかすかに物足りなさを感じないこともない。<o:p></o:p>タイ子はシングルマザーで、一人息子の豪一は成長して兵隊にとられてしまう。国なんか守らなくてもいいから、とにかく生きて帰って来て。そう願う母親の気持ちは切実だ。<o:p></o:p>文学と共に社会変革運動にも進んだ佐多稲子とは、この小説の作者はおそらくタイプが違うだろう。しかし、こまやかな筆致からは、戦争は嫌だ、もう起こしてはならない、という思いが静かに伝わってくる。<o:p></o:p><center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/18/51/b0050651_14310717.jpg" alt="_b0050651_14310717.jpg" class="IMAGE_MID" height="404" width="303" /></center>※関連して佐多稲子の短編いくつか　～『労働者文学』No.94掲載 : 酔流亭日乗伝送便 TOP - 伝送便<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/02/51/b0050651_08052020.jpg" alt="_b0050651_08052020.jpg" class="IMAGE_MID" height="329" width="247" /></center><br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>文学・書評</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 02 Mar 2026 08:08:06 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-02T08:08:06+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>桜島、蕎麦屋酒、戦争、松田家のめでたいニュース</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36230590/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36230590/</guid>
      <description><![CDATA[昨日の午後は本郷のHOWS講座で長谷川宏さんの話を聴いた。前もって通知されていたテキストは坂口安吾の『白痴』と『堕落論』、梅崎春生の『桜島』である。長谷川さんは『白痴』と『桜島』については、ときにその一節を自ら読み上げながら解説してくださった。<br />
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<br />
2月は市井の哲学者の話で〆　～28日に長谷川宏さんの講座 : 酔流亭日乗<br />
<br />
<br />
『桜島』を酔流亭は久しぶりに読んだ。1945年の夏、通信員である主人公が坊津から桜島の基地に移動していくところから、この短編小説は始まる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/01/51/b0050651_08470549.jpg" alt="_b0050651_08470549.jpg" class="IMAGE_MID" height="258" width="345" /></center><br />
45年ほど前を思い出す。20代なかばであった酔流亭は、坊津に一泊したことがあるのだ。鹿児島県の南のほうにある静かな漁村である。江戸時代には薩摩藩がやっていた大陸との密貿易の拠点であった。酔流亭が泊まった民宿も、その家屋は密貿易の事務所として使われていたと宿の女主人から聴いた。幕府の間者の目をごまかすため外から見ると平屋建てだが、中に屋根裏部屋があって貿易の帳簿をとった。「間者」と言う時の女主人の強い語調を今も思い出す。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
しかし小説の時代である1945年の夏は、圧倒的な米軍が海から迫っていた。いつ上陸してくるかわからない。暗号の解読にあたっていた主人公にも、そのときは死が必至と思われた。<br />
国家が始めた戦争によって強制される死。なんとも理不尽である。そのほんの数か月前には、沖縄では米軍が実際に上陸して、上陸前の空襲や艦砲射撃（いわゆる鉄の暴風）と地上戦での殺戮で島民の四分の一もが命を奪われた。死者数は日米合わせて約20万人以上、沖縄の一般住民の死者は約9万4000人、軍人・軍属のうち沖縄島民の死者数は約2万8000人と言われる。<br />
自分自身がそういう状態に置かれたら、どうなってしまうだろうと思いながらテキストを読んだ。<br />
講座の後、長谷川さんを囲んでの雑談は講演を聴く以上に愉しいだろうな、と思いつつも、懇親会には参加せず、神田へ向かう。新東京郵便局で働いていた頃からの友人たちとの飲み会を、例によって神田まつやで。新年会というには、ずいぶん遅いけれど。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/01/51/b0050651_08554874.jpg" alt="_b0050651_08554874.jpg" class="IMAGE_MID" height="200" width="267" /></center><br />
おおいに飲んで、帰宅したのが午後9時過ぎである。TVを点けると、アメリカとイスラエルがイラン攻撃を開始したというニュースをやっている。現代においても戦争がいよいよ身近に迫ってきた。今朝のTVニュースが伝えるところではイラン国民の200人以上が命を落としたという。最高指導者ハメネイ師が殺害されたという情報も。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/01/51/b0050651_08473219.jpg" alt="_b0050651_08473219.jpg" class="IMAGE_MID" height="224" width="299" /></center><br />
嫌なニュースが続くが、朝刊をめくっていくと、朝日〔歌壇〕の人気者、松田姉妹のお姉さんのほうの梨子さんが結婚をされるようだ。それを詠んだ松田家の母娘の短歌が並ぶ。お父上は歌を詠まないが、ときどき娘たちに詠まれるね。そういえば先週あたりから、このブログでも松田姉妹を話題にした過去記事にぼちぼちアクセスが来るので、あるいは・・とは思っていたのだ。世の中、悪い話題ばかりではない。〔歌壇〕の読者だれもが祝福しているだろう。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202603/01/51/b0050651_08463812.jpg" alt="_b0050651_08463812.jpg" class="IMAGE_MID" height="297" width="397" /></center><br />
松田梨子さんの短歌 : 酔流亭日乗<br />
<br />
<br />
松田家の話題 : 酔流亭日乗<br />
]]></description>
      <dc:subject>身辺雑記・自然</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 01 Mar 2026 08:26:27 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-03-01T08:26:27+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>技術的にも財政的にも破綻している！　～2.27辺野古新基地建設を許さない集会から</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36224863/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36224863/</guid>
      <description><![CDATA[昨日は2月最後の平日だったので『伝送便』誌3月号の発送作業と4月号編集会議があった。<br />
3月号に酔流亭は記事を２つ書いたので、後日紹介したい。<br />
作業と会議が終わればご苦労さん会をやる流れだが、酔流亭は昨夜はそれには参加せず、文京区民センターに向かう。〔辺野古新基地建設を許さない集会〕が午後6時半から開催されるのだ。神田五軒町あたりにある『伝送便』事務所と、後楽園遊園地に近い文京区民センターまで、湯島と本郷を抜けて歩いて行ける距離である。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/28/51/b0050651_08282176.jpg" alt="_b0050651_08282176.jpg" class="IMAGE_MID" height="576" width="432" /></center><br />
会場の2A集会室が満席になる120人が参加した。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/28/51/b0050651_08284732.jpg" alt="_b0050651_08284732.jpg" class="IMAGE_MID" height="336" width="449" /></center><br />
写真の男性は講師の奥間政則さん。土木技術者であって、大浦湾のあの埋め立て工事が技術的にもいかに無理であって不可能なものであるかを図解しながら説明する。しかし「技術屋というのは、無理でも自分の技術を試してみたい。民間の工事では採算がとれなければ出来ないが、国策なら赤字がどれほど膨らもうがやめない」。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/28/51/b0050651_08274984.jpg" alt="_b0050651_08274984.jpg" class="IMAGE_MID" height="294" width="392" /></center><br />
先日の総選挙の結果、衆院で辺野古基地建設に明確に反対しているのは共産党の4人とれいわの1人だけという状況になった。いっぽう、「辺野古より長い滑走路ができなければ普天間は返さない」という米国防総省の見解が報じられている。日米政府はこれまで騙し続けていたのである。高市首相は２日前の参院での代表質問でも、この問題を追及する小池晃議員（共産党）に対して「辺野古への移設完了後も普天間飛行場が返還されないなどということは、全く想定していない」（27日付け朝日朝刊）。この期に及んで、なおシラを切っている。不誠実きわまりない。<br />
そんな局面に立ち向かうべく、引き締まった内容の集会であった。今日は午前から外出するのでブログ更新に時間をとれない。報告は後日また機会を見て。<br />
集会に寄せられた高良沙哉・参院議員（沖縄選出）のメッセージを下に貼り付けておきます。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/28/51/b0050651_08272141.jpg" alt="_b0050651_08272141.jpg" class="IMAGE_MID" height="545" width="409" /></center><br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Sat, 28 Feb 2026 08:23:42 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-28T08:23:42+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>たまには文学の話題</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36217644/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36217644/</guid>
      <description><![CDATA[労働者文学賞の第一次選考に取りかかったと今月12日の更新記事に書いた。<br />
<br />
<br />
労働者文学賞（小説、ルポ評論部門）の第一次選考に取りかかる : 酔流亭日乗<br />
<br />
<br />
小説部門46編、評論ルポルタージュ部門12編、つまり合わせて58編の散文作品の選考に酔流亭は関わる。その半数、29編を読み終えた。これまでのところ全て小説である。<br />
その中で、最終選考に残したいと思うものが3編浮上した。他に、最終に残すには躊躇いがあるけれども、心惹かれるものがある、また酔流亭個人としてはとても好きだなあという作品が、数えてみると7編ある。<br />
合わせると10編であり、29編のうち10編といえば約三分の一だ。<br />
残りの29編も読んでからでないと即断はできないけれど、今年は応募数が多いだけでなく、質的にもなかなか充実しているのではないかと思う。<br />
最終的に入選作を決めるまでに、それらの作品を絞り込んでいかなくてはならないわけで、それを想うと今から心が痛む。<br />
悩ましいのは、とても重要な題材を扱っているのだが、叙述や構成がちょっと粗いという作品だ。テーマの重要性をとるか作品の完成度をとるのか。もっとも、粗いといえば、酔流亭本人が人のことを言える筋ではとてもない。だから悩んでしまう。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/27/51/b0050651_08443941.jpg" alt="_b0050651_08443941.jpg" class="IMAGE_MID" height="306" width="409" /></center><br />
ところで文学の話題のついでに。<br />
今日の朝日新聞朝刊の文化欄に載った〔文芸時評〕（都甲幸治氏執筆）の中にパーシヴァル・エヴェレットの名が見える。新刊が出たようだ。<br />
<br />
<br />
消失／パーシヴァル・エヴェレット／雨海 弘美 | 集英社　―　SHUEISHA　―<br />
<br />
<br />
日本では去年刊行されたこの人の小説『ジェイムズ』は、酔流亭の去年の読書体験の中では、ハン・ガン『別れを告げない』および佐多稲子の初期の短編いくつかと共に、もっとも印象に残るものであった。今度はどんな物語なのだろうか。<br />
<br />
<br />
今朝7時台のNHKニュースの終わり間際、井上二郎アナウンサーが<br />
「今年も残すところ10か月となりました」<br />
今からそういうこと言うかなあ。<br />
<br />
<br />
労働者文学会<br />
]]></description>
      <dc:subject>文学・書評</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Fri, 27 Feb 2026 08:12:31 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-27T08:12:31+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>風呂が先か、それとも夕飯・・</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36210535/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36210535/</guid>
      <description><![CDATA[昨日は一日雨だった。<br />
酔流亭が暮らす関東地方平野部では、これだけまとまった雨が降ったのは去年10月30日以来だという。<br />
ということは、去年11月、12月、今年1月それから2月の大半まで、つまりこの一冬まるごとカラカラ天気だったわけだ。2月8日総選挙の日に降った大雪は、地面や樹木にとっては貴重な水分補給だったことになる。今日更新されたばかりの水島朝穂さんのブログによれば、2月9日の産経新聞朝刊コラムは90年前の2.26事件の当日も雪が降ったことを引いて、日本の歴史が変わるとき首都には雪が降ると、高市圧勝にはしゃいでいたそうだが。<br />
<br />
<br />
直言(2026年2月26日）第2次高市政権と「2.26事件」の90年――「日本型リベラル」の壊滅？<br />
<br />
<br />
さて酔流亭ブログの今朝の話題はそんな天下国家のことではない。小説家の津村記久子さんが昨日の朝日新聞夕刊に寄せた随筆で、夕食を摂るより先に風呂をすませたほうがよいと勧めている。食事が先だと、それに満足してしまうほど、そのあと何もやりたくなくなる。だから、食べることが好きな人ほど夕食は最後にしたほうがいいというのだ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/26/51/b0050651_08373386.jpg" alt="_b0050651_08373386.jpg" class="IMAGE_MID" height="542" width="407" /></center><br />
それも一理あると思うけれど、わが家では夕食が先で、風呂は一日の最後の行事だ。だって、ことに今のような寒い季節では、風呂から上がったらすぐ寝床に入らなければ身体が冷えてしまうではないか。<br />
現に昨夜、風呂から上がってから夕刊を読み、津村さんのその文章を読んでいるうち、あやうく湯冷めしそうになった。<br />
人あるいは各々の家庭によってどうでもいい話であるが。<br />
なお津村記久子さんの小説『水車小屋のネネ』は去年の春先に読んで好印象を持った。なにしろ蕎麦屋が重要な舞台になるクロニクルである。<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>身辺雑記・自然</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Thu, 26 Feb 2026 08:14:44 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-26T08:14:44+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>花粉と雨と国会質疑</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36203394/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36203394/</guid>
      <description><![CDATA[仰向けに寝ていたのに鼻から鼻水が溢れ出てくるので目を覚ましてしまった。枕元にある目覚まし時計を見ると午前0時を回ったばかり。<br />
とうとう今年も花粉症の症状が出て来たか。<br />
お手洗いに起きて、ついでにトイレットペーパーで鼻をかみ、用心のためテイッシュペーパーを目覚まし時計の横に置いて、また眠りに戻る。鼻水はあれきり収まったようでテイッシュペーパーは使わずにすんだ。午前6時、窓の外から雨音が聴こえ出したのを機に起床した。雨音を聴くのはずいぶん久しぶりだ。<br />
花粉は昨日の午後、買い物に出たときに吸い込んだのだろうか。車に乗って数分のスーパーマーケットである。<br />
車に乗っているあいだカーラジオからは国会中継が流れてくる。わずか数分のことなので誰がしゃべっているのか、そのときはわからなかったが、野党の質問であり、今朝の朝刊記事と照らし合わせてみると、中道改革の新たな代表となった小川淳也氏のようである。ラジオで聴いていたかぎりでは、滑舌はいい方である。<br />
ほんらい4年の任期があるところを僅か1年3ヵ月での解散、真冬の厳冬期（じじつ投票日当日は多くの地方で大雪が降った）の理不尽は彼の質問からもよく伝わってきた。今朝の新聞の国会質疑を報じる記事の見出しに「健全な民主主義か」とあるけれど、民主主義の深刻な危機である。朝刊記事によれば「野党に準備期間を与えない意図という指摘はあたらない」と高市首相は応答した。その意図が無かったわけないだろ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/25/51/b0050651_08590859.jpg" alt="_b0050651_08590859.jpg" class="IMAGE_MID" height="303" width="404" /></center><br />
スーパーマーケットでは奈良漬けも買った。次女が正月に我が家に来たとき手土産の一つに〔田酒〕の酒粕で漬けた奈良漬けを持って来てくれた。〔田酒〕とは、ご存じのように青森県の銘酒である。人気の銘柄であって、なかなか手に入らない。その酒粕を用いてあるのだから旨いのなんのって。<br />
<br />
<br />
田酒（でんしゅ） | 蔵元紹介 | 矢島酒店<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/25/51/b0050651_09024228.jpg" alt="_b0050651_09024228.jpg" class="IMAGE_MID" height="253" width="338" /></center><br />
以来、奈良漬けが好物になった。昨日買ったのは、どこにでも売っている奈良漬けだが。<br />
]]></description>
      <dc:subject>身辺雑記・自然</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Wed, 25 Feb 2026 08:32:50 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-25T08:32:50+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>長引く戦争を止めよう！　ウクライナ問題に</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36197844/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36197844/</guid>
      <description><![CDATA[昨日の朝このブログを書いていた時刻にはまだ発表がなかったが、関東でも昨日＜春一番＞が計測された。午前10時過ぎ、気象庁発表。<br />
<br />
<br />
関東地方で「春一番」　昨年は発表なく、2024年以来2年ぶり - ウェザーニュース<br />
<br />
<br />
関東では去年は計測されなかったから2年ぶりである。<br />
その強い南風が吹く中、昨日は確定申告の申告書を投函し、車の12か月点検をしてもらった。2月はなにかと忙しい。<br />
そして今日、24日はロシア軍が2022年にウクライナに侵攻して4年目の日付にあたる。4年といえば、かつて日本が対米開戦してから敗戦までと同じである（1941年～45年）。長い戦争が続いている。<br />
かつての日本の戦争は、満州事変から始まったと考えれば15年続いた。現在のロシアーウクライナ戦争も2014年のドンバスでの内戦勃発から数えると、もう10年以上続いている。<br />
今朝のNHKニュースでも報道していたが、ロシアとウクライナの死傷者数を合わせると約180万人に上るという。恐ろしいことだ。この数字も2022年2月からの推計である。<br />
<br />
<br />
24日でウクライナ侵攻4年　両軍の死傷・不明者180万人　ロシア損失120万人（時事通信） - Yahoo!ニュース<br />
<br />
<br />
酔流亭も23年2月24日の更新記事の見出しを「ウクライナの戦争一年」とし、去年の同日の更新記事は「ウクライナでの戦争、3年」としていた。<br />
<br />
<br />
ウクライナの戦争一年 : 酔流亭日乗<br />
ウクライナでの戦争、3年 : 酔流亭日乗<br />
<br />
<br />
書いた内容については今も同じ考えだが、戦争が始まって1年また3年であるかのような見出しは正確ではなかったと今は思う。もっと長く続いてきたのだ。<br />
小説『宝島』（19年に直木賞受賞）の作者・真藤順丈氏が1月8日の朝日新聞寄稿で「ウクライナでの戦闘を長期化させたロシアのプーチン大統領」と書いて、プーチンの責任を戦争の長期化において捉えているのは慧眼だと思う。<br />
<br />
<br />
さて酔流亭は3年前の更新記事でこう書いた。<br />
<br />
<br />
ロシアを悪の権化とだけ描き出す論調が一方にあり、それへの反発だろうがロシアの侵攻への批判を「西側帝国主義」に踊らされたとしか理解しない論調が他方にある。どちらも謬見だと酔流亭は思う。<br />
この一年間、教えられるところがあったのは、〔憂慮する歴史家の会〕や伊勢崎賢治氏や水島朝穂氏らの発信であった。<br />
<br />
<br />
これに松里公孝氏の言説も付け加えたい（松里『ウクライナ動乱』ちくま新書、23年刊）。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/24/51/b0050651_09095122.jpg" alt="_b0050651_09095122.jpg" class="IMAGE_MID" height="372" width="279" /></center><br />
そして戦争がこんなに長引いているのは、経済がそれ（戦争）を欲しているからではないだろうか。ロシアも、またウクライナを＜支援＞する欧米日も。日本の高市政権が防衛産業を育てることを＜成長戦略＞として位置付けていることをみても、そう思う。資本主義は罪深い。言うまでもなく、現在のロシアはれっきとした資本主義国である。<br />
戦争を止めるために、また新たな戦争を起こさせないために、声を上げていきたい。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Tue, 24 Feb 2026 08:11:30 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-24T08:11:30+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>7条解散は憲法に反しているのではないか</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36196658/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36196658/</guid>
      <description><![CDATA[昨日の午後NHKBSで『ハリーとトント』という映画を視た（1974年、ポール・マザースキー監督）。題名は人間の2人組のことかと思っていたら、トントのほうは猫の名前である。なるほどそれで昨日この映画が放送されたんだな。昨日、2月22日は22（ニャンニャン）にかけて＜猫の日＞ということになっているそうだから。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
トントの飼い主ハリーのほうは72歳の男性。元教師である。連れ合いには先立たれているが、離れて暮らす息子や娘は、顔を合わせれば口論になっても父親のことを想っているし、悪くない老後である。一人暮らしをしていたニューヨークのアパートが区画整理で取り壊されることから始まるロードムービーであった。<br />
視ているうちにも風が強くなってきて、窓の外からはゴウゴウと音が聴こえる。これは＜春一番＞かなと思った。果たして、今朝起きてネットをみると、中国地方、四国、九州北部では昨日＜春一番＞が吹いたと発表があったという。ただし、これを書いている時点（23日午前9時半前後）で関東ではその発表は無い。去年、関東では＜春一番＞は観測されなかった。あれは風向きとか風速いくら以上とか、けっこう条件が厳しいらしい。それを立春（2月4日）から春分（3月21日）の間にクリアしなくてはならない。<br />
・・と書いているうち、今朝も次第に風が強くなってきた。ゴウゴウ鳴っている。今日は関東でも＜春一番＞が吹くか。<br />
ところで昨日は日曜だったから朝刊に【歌壇】が載った。目についたのは、赤字で〇を付けたこれ（選者は永田和弘氏）。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/23/51/b0050651_09124458.jpg" alt="_b0050651_09124458.jpg" class="IMAGE_MID" height="529" width="397" /></center><br />
　抜けがけのような選挙はしないだろう本当に信を問うつもりなら<br />
<br />
<br />
立憲と公明のにわか作りの＜中道改革＞があまりに無様だったから、これでは自民が大勝するなあと酔流亭も思ってしまうが、その前にあの解散のアンフェアぶりがもっと指弾されなければならないのではないか。<br />
今朝の朝日新聞朝刊に載ったこの記事は、あんな解散権の乱用（いわゆる7条解散）は憲法に反しているのではないかと、過去に裁判でも争われてきたと伝える。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/23/51/b0050651_09130967.jpg" alt="_b0050651_09130967.jpg" class="IMAGE_MID" height="292" width="390" /></center><br />
（憲法を考える）党利党略、繰り返される７条解散　「権力の乱用」戦後初期から争点、裁判も：朝日新聞<br />
<br />
<br />
この記事はいい記事と思うけれど、ここ数日の朝刊紙面は今朝閉幕した冬季五輪関連ニュースに埋め尽くされた観あり。政権がこの時期に総選挙をぶつけた狙いについては、水島朝穂さん（早大法学部名誉教授）の言を引いておこう。<br />
ミラノ・コルティナ冬季五輪の開催日程は、はるか以前から確定していた。したがって、通常国会冒頭での解散を検討する際、この五輪と選挙が重なるという点を、政権中枢が考慮しなかったとは考えにくい。五輪がもたらす非日常的な高揚は、政治的緊張感を相対的に希薄化させる。政策論争や政権選択といった「日常の民主主義」は、祝祭的空気の背後に押しやられやすいからである。<o:p></o:p>実際、選挙報道の比重は、期間後半に入るにつれて低下し、代わって五輪関連のニュースが前面に出されるようになった。とりわけテレビに依存する層にとって、情報接触の重心が「選挙」から「五輪」へと移行した影響は小さくないのではないだろうか。投票日当日ですら、まず伝えられるのがメダルの色であるならば、有権者の意識における優先順位もまた、無意識のうちに書き換えられていく。<o:p></o:p>「非日常」の力は、政治的判断を鈍らせる。選挙とは本来、日常の延長線上で行われるべき民主的行為である。しかし、祝祭と災害、そして短期決戦という条件が重なった今回の総選挙では、その日常性が大きく損なわれた。五輪という国家的イベントの陰で、政権選択という最重要の政治的行為が、相対的に軽く扱われたことの意味は、とても大きい。<o:p></o:p>平和憲法のメッセージ<br />
]]></description>
      <dc:subject>ニュース・評論</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Mon, 23 Feb 2026 08:36:40 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-23T08:36:40+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>2月は市井の哲学者の話で〆　～28日に長谷川宏さんの講座</title>
      <link>http://suyiryutei.exblog.jp/36192078/</link>
      <guid isPermaLInk="1">http://suyiryutei.exblog.jp/36192078/</guid>
      <description><![CDATA[2月は短い。28日しか無いのだから。今日から始まる週が最後である。<br />
その週の最後の日（28日の土曜日）は、この講座に参加するつもりだ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202602/22/51/b0050651_08223222.jpg" alt="_b0050651_08223222.jpg" class="IMAGE_MID" height="466" width="350" /></center><br />
hows20260228hasegawa.pdf<br />
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参加者に推薦する文献として坂口安吾の『白痴』『堕落論』と梅崎春生の『桜島』が挙げられている。幸い、わが本棚に並ぶ筑摩書房〔現代文学大系〕には坂口安吾も梅崎春生も当然ながら入っていて、この三つの短編は収まっている。<br />
ついでに石川淳の『安吾がゐる風景』という文章も、これは石川の随筆集『間間録』（毎日新聞社）に収めてあるのを読んでおいた。安吾が逝去した後に書かれた追悼の文章である。そこでは『白痴』に触れられていて、石川はこの小説を高く評価している。<br />
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「・・部分がいいといふものがあり、全体としていいといふものがある。白痴は部分と全体とをくるめて、作者が自分からたたき出したいいものであった。・・」<br />
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長谷川さんがどんなことを話してくださるのか、たのしみだ。<br />
長谷川宏さんのお話は去年の初夏にも同じ講座（本郷文化フォーラム）で聴いた。28日はその続編になるようだ。前回参加した後に書いた感想を貼り付けておこう。<br />
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前回講座の後は、夕方から〔酒童塾〕の呑み会があった。今回は新東京郵便局で働いていた頃からの友人たちと飲む約束をしている。場所はいつもの神田まつや。<br />
つまりこの月末は学ぶのにも飲むのにも忙しい。<br />
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HOWS<br />
]]></description>
      <dc:subject>文学・書評</dc:subject>
      <dc:creator>suiryutei</dc:creator>
      <pubDate>Sun, 22 Feb 2026 08:18:36 +0900</pubDate>
      <dc:date>2026-02-22T08:18:36+09:00</dc:date>
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