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昨日の午後『望郷の星 長谷川テルの青春』というドラマを観る機会があった。1980年に日中合作として制作されたTVドラマである。 上のチラシ写真から紹介文を引用しよう。 1938年、中国に渡ったエスペランティスト・長谷川テルは、日本軍の凄惨な侵略行為を目の当たりにし心を痛める。そして電波放送を通じて「あなたがたの敵はここにはいない!」と日本軍兵士たちへ停戦と平和を呼びかけ続けた。・・その34年後の72年に日中国交正常化がなされ、78年に日中平和友好条約が結ばれた。日中友好に命をかけて闘ったテルも思いを受け継ごうと、このドラマが制作された。そうした史実が忘れ去られたかのように現在、中国との戦争熱が煽られる中にあって、今こそ見直したい名作です。・・・ この文章につけ加えることは何もない。そのとおりの作品であった。長谷川テルを栗原小巻、その夫となる中国人青年を中国の高飛という俳優さんが演じた。郭沫若には平幹二郎が扮している。 前線にいる日本軍兵士たちに電波放送で侵略をやめるよう呼びかける活動をテルが始めたのは、上の文章にあるように1938年から。そのとき彼女は長男を身ごもっていた。放送の声の主がテルであることは当然日本側に察知されるだろうから、日本に残る彼女の家族が迫害されるのは目に見える。出産を前にした女性にとって大変なストレスであったろう。彼女の苦悩もドラマは描いている。それでも敢えてその活動を始めたのには、前年(1937年)暮れに起きた南京虐殺事件のような日本軍の非道があったからだろうが、ドラマはそのあたりを描くのは抑制的であった。日本の茶の間でも放送されるTVドラマだからという配慮があったからかもしれない。日中戦争が終わった後に激化していく国民党と共産党との対立の中での夫婦の流浪と苦闘が強い印象を残す。 このドラマの上映を企画した女性たちが中心となって、来月28日には国際婦人デー東京集会が開催される。
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by suiryutei
| 2026-02-16 09:01
| 映画・TV
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先週木曜にNHKBSで放映された『パピヨン』は1974年の公開当時かなり話題になった映画なので題名だけは知っていた。米仏合作。フランクリン・J・シャフナー監督、スティーヴ・マックイーンとダスティン・ホフマンが共演した。 しかし脚本にダルトン・トランボも参加していたこと(ロレンツォ・センプル・ジュニアとの共同)を知ったのは、つい最近のことだ。 主人公のパピヨン(スティーヴ・マックイーン)は濡れ衣で殺人犯とされ、終身刑となって南米ギニアの流刑地に送られてくる。1930年前後のことである。植民地帝国だったフランスでは重罪人をそのように南洋に流刑にしたのだろう。パリ・コミューンの蜂起(1871年)に敗れた人びとがニューカレドニアに流されたことは去年『パリ燃ゆ』(大佛次郎)を読んで酔流亭は知った。 映画の後半では、パピヨンにとって最後の流刑地となった悪魔島で海を見渡せる石に腰をおろそうとする彼が「その石はドレフュス大尉の指定席だった」と言われる場面がある。フランス陸軍のユダヤ人だったアルフレド・ドレフュス大尉がスパイの濡れ衣を着せられたあの事件(1894年)で、1906年にドレフュスは無罪判決を得る。 映画のパピヨンのほうは無罪判決が出るような見通しはないから、彼は脱獄を試みる。実話にもとづく作品だという。パピヨンというのは、胸に蝶(パピヨン)の入れ墨をしていることから付けられた通称である。 ダスティン・ホフマンが演じたのは、囚人仲間のドガである。国債の券を偽造して捕まった。あるときドガが看守に理不尽に痛めつけられているのをパピヨンが止めようとして、看守に暴行したことにされてしまう。懲罰として独房に閉じ込められたパピヨンに、ドガは助けられた恩義を感じてココナツを差し入れてやる。偽札づくりの名人で儲けてきたから、色々な抜け道があるのだろう、獄内でも金に不自由しない。看守に賄賂を使ったのである。 ところが、ココナツが密告で見つかってしまい、誰の指示での差し入れかパピヨンに口を割らせるため彼は房を24時間真っ暗にされ、食事も半分に減らされる。 飢えの苦しみと餓死の恐怖がパピヨンを襲い、とうとうドガの名前を出しかけるが、刑務所の所長の前に立つとその名前が出てこない。仲間を売らないという意地と、とことん飢えて精神が錯乱してほんとうに名前を忘れてしまったのが半々であったろうか。ともかくパピヨンは屈することなく2年間を耐えて、真っ暗な独房から元の房へと生還するのである。 もっとも心をゆさぶられる場面であった。赤狩りに屈しなかったトランボが脚本に参加しているのがなるほどと思う。 それが2時間半の長編の真ん中あたり。後半、パピヨンは脱獄を敢行する。 逃走する途中、ハンセン病の患者たちばかりの島に行き着く。『パピヨン』が日本公開された1974年には邦画の大作『砂の器』も公開されている。『砂の器』でもハンセン病が扱われているけれど、先日TV放映を視て感じた不満は、ハンセン病に対する偏見への向き合いが不充分ではないか、ということだ。映画が終わったときに、ハンセン病は伝染する病気ではないこと等がテロップでは流される。しかし、映画の進行の中でそれは展開してほしいことであった。 『パピヨン』では、登場人物たちの会話や行動を通じてそれは描かれている。患者が吸う同じ葉巻をパピヨンも吸い、「うつらない病気だと知っていたのか」と患者が驚く。パピヨンはそうとは知らず、しかし患者たちの助けを借りなければ逃走を続けられないのでそう振る舞ったのかもしれない。しかし、その場面を観て啓発された映画の観客もいたはずである。 余談ながら、いま思い出したので書いておくと、若き日のチェ・ゲバラを描いた『モーターサイクル・ダイアリーズ』という映画では、青年医師ゲバラと彼の友人とがハンセン病患者と接するとき手袋をすすめられるがそれを拒否する場面がある。そういうかたちで、あの映画は偏見を打破しようとしているのである。『砂の器』がテロップで語るだけだったのは、やはり不充分ではなかったか。 #
by suiryutei
| 2026-02-15 06:07
| 映画・TV
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バレンタインデーが本来どういう日であるのか、酔流亭はよく知らない。生家は菓子屋を営んでいたけれど、わが少年時代(1955年生まれなので、1960年代ごろか)には、この風習は日本社会にはまだ根付いていなかった。 とりあえず現在この日は、わが家では普段なら手を出さない上等なチョコレート菓子を食べる日である。 今年はこれ。 連れ合いに感謝しつつ、コーヒーとともに。美味しかったのなんのって。
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by suiryutei
| 2026-02-14 08:25
| 身辺雑記・自然
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高円寺の居酒屋〔明神丸〕で去年の11月に忘年会をやったとき、つぎは鍋を囲んで、という話になった。 ならば寒いうちに再結集しなければならない。昨日、挙行した。 いつもの奥の小上がりに席をとり、まずはビールで乾杯。5人だったが、5個のコップのうち一つだけ★が描かれているのがあった。これ、けっこう珍しくないですか。 鍋は寄せ鍋である。牡蠣、銀鱈、鱈の白子、鶏肉、野菜各種、そうして豆腐もたっぷり。 じつに美味しかった。 話題はどうしたって先日の総選挙の結果のことにも。ビールのあとはあちこちの銘酒をたのんだが、社民党の大椿ゆう子さんが議席を得られなかったことを残念がって〔雪椿〕を、自らは日和見主義に陥らないことを自戒しつつ〔日高見〕を痛飲?する。 〔雪椿〕は新潟、〔日高見〕は宮城の酒である。そのほか色々飲んだ。
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by suiryutei
| 2026-02-13 08:19
| 酒・蕎麦・食関係
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ずっしりと重い包みが届いた。開けてみると原稿の束である。 今年の労働者文学賞へは、詩部門が33名から50編の応募があった。去年は45名から64編である。 小説部門へは46編(去年31編)。 ルポルタージュ・評論部門へは12編(去年7編)。 詩を除く散文のほう(小説、ルポ評論部門)合わせて58編のうちの半数にあたる29編が送られてきたのだ。 小説、ルポ評論部門の選考では、雑誌『労働者文学』の編集長である村松孝明さんと酔流亭とでまず全作品を下読みして、何作かを最終選考に残す。それからルポライターの鎌田慧さんと文芸評論家の楜沢健さんが加わって最終選考を行い、大型連休の前後までには入選作を決める。 村松さんと酔流亭とは今年は29編ずつを読み終えたら交換して全作品58編に目を通す。上に書いたように、散文は今年は去年よりだいぶ多い。詩部門には酔流亭は関与していない。 どの作品にも同じ緊張感をもって接しなければ。 ※参考までに一昨年と去年の選評です。 #
by suiryutei
| 2026-02-12 08:34
| 文学・書評
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