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新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日の日曜日、朝、仕事から帰って、10時頃に寝た。 目を覚ましたのは午後2時前だ。駅のほうから賑やかな音楽が聴こえてくる。この音楽で目が覚めたのかもしれない。 この日は商店街が「サンバ・カーニバル」を企画していたのであった。 ご他聞にもれず、我が地元も駅前商店街のさびれようはひどい。国道沿いの大型店に客をとられてしまっている。一昨年まで駅前にスーパー・マーケットが二軒あったのだが、うち一軒は閉鎖してしまった。小さな町とはいえ駅前なのであるから、以前なら他の業者がすぐ入ってきたろうけれど、そのスーパーだった建物はシャッターを閉ざしたまま、もう二年間も大きな空き家状態が続いている。 そんな中で、小売店主たちが商店街をなんとか活性化させようと悪戦苦闘している。夜はライトアップしたり、ときどき「ホコ天」(歩行者天国)にして餅搗きやバザーをやったり・・・。 中でも、数年前から始めた、夏の終わりの「サンバ・カーニバル」は、年間を通して一番の目玉なのである。 この日は天気も良かったから、酔流亭も、ちょっと駅前まで行ってみたくなった。しかし夜また出勤だし、隔月で雑文を書かせてもらっている『伝送便』誌の来月号の原稿を仕上げなければならない。軽快なラテン音楽が風に乗って流れてくるのを聴きながら、外出はあきらめてパソコンに向かった。それから、またすこし横になり、夕食を済ませて、暗くなってから家を出た。 地元の駅のホームに、十数人の若い人たちが電車を待っていた。女性が持つ大きなバッグから、羽根飾りのようなものがはみ出している。太鼓を抱えた男の子もいる。昼間のサンバに参加しに来た踊り手たちだと知れた。どこかの居酒屋あたりで地元の人たちと打ち上げをすませて、いま帰るところなのだろう。昼間の余韻を、かすかに感じた。 大相撲の九月場所というのは、幕が開くときはまだ夏だけれど、千秋楽には秋になっている。そう書いていたのは、故・山口瞳である。昨日は、その九月場所の千秋楽であった。 この若い人たちの乗った電車が駅のプラットフォームを滑り出したとき、今年の夏の最後の名残が我が町から去っていくんだな、と思った。酔流亭もその同じ電車で都内にある職場に向かっている。 #
by suiryutei
| 2006-09-25 18:12
| 身辺雑記・自然
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Comments(7)
ドイツの作家ギュンター・グラスが、最新の自伝の中で17歳のときナチスの親衛隊員だったことを告白した問題は、どう受け止めればよいのだろうか。酔流亭はどう考えていいのかわからずにいる。その自伝『タマネギをむきながら』も、また彼のこれまでの作品も読んでいないし、告白に至った経緯も知らない。 ただ、sakuraasakoさんのブログの「ふんどし」(コメント欄のこと)で、この話題が出たとき、中野好夫のことをちょっと書かせてもらった。戦中、文学報国会で熱心に活動した中野は、戦後はその反省の上に平和のために身を挺した。つまり、誤りを犯したとしても、大事なのはその後だというようなことが言いたかったのである。 しかし、酔流亭のこのコメントはピントがずれていた。グラスで問題になっているのは、若いときの誤りそのことよりも、戦後の60年間、なぜそのことに沈黙していたか、ということだからだ。その間、彼はナチスの悪を鋭く解剖し、「史実に沈黙する者は犯罪者となる」と繰り返し説いていたのだ。これでは「偽善者」として失望されるのもやむをえないだろう。戦後ただちに「戦争犯罪人」と自らを名指した中野好夫の場合とは違う。 そんなふうに、よくわからないでいるのだが、一昨日の朝日新聞朝刊のコラム『私の視点』を読んで、いくらか気持ちがすっきりした。ベルリン在住のジャーナリスト・梶村太一郎氏の文章である。 それによれば、グラスと生まれ故郷が同じグダニスクのワレサ・元ポーランド大統領も始めグラスの告白に激怒し、グラスが同市の名誉市民権を返上しないなら同じ名誉市民である自分が返上すると述べていた。しかし、グラスがグダニスク市民に送った手紙に「大変感動した。彼とは友情を築けるだろう」と発言を撤回したというのである。 そのグラスの手紙はきっと誠実なものであったに違いない。真摯な心と、それを誠実に伝える言葉があれば和解は可能であることを、これは示す例ではないのだろうか。 詳しい経緯を知らずに、一片の新聞記事だけでそう考えてしまうのは甘いのかもしれない。しかし、罵りあいとか、あるいは計算づくの野合みたいなことばかり日頃見せつけられている中で、ちょっと気分を明るくさせる記事であった。 なお、asakoさんのブログ『カマトト日記』でのやりとりは、8/15と8/23の日記のコメント欄で。Fouさん、髭彦さん、asakoさんたちの書き込みから多くのことを学び、共感したことを付記します。 #
by suiryutei
| 2006-09-23 10:02
| ニュース・評論
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朝、勤務を終えて、まず東京駅に向かう電車に乗る。 隣りに座っていた女性に道を聞かれた。英語でだが、彼女が手にしていたガイドブックはハングル文字で書かれていたようだから、韓国からの観光客だろうか。 新宿に出たいようだった。ガイドブックにある地下鉄地図で丸の内線を指差す。 丸の内線なら、たしかに新宿のほうを通るけれど、いま乗っている電車は東京駅に向かっているのだから、それならJRの中央線快速を使ったほうが早いし、ずっと簡単だ。 ところが、それをうまく説明できない。中央線って、英語で、どう言えばいいんだ? やれやれ、情けない。とりあえず、サブウェイよりはJR、ということだけは伝わったと思う。それから、乗っている電車が東京駅に向かっていることも半信半疑だったようなので、それは保証した。旅慣れしていそうな女性だったから、あとは東京駅でどうにかなるだろう。 酔流亭は、それから上野に向かった。上野で乗り換え電車を待つ間、構内の本屋を覗く。『うかたま』という雑誌をこのあいだから捜していたのである。写真家のむーちょさんが撮った写真が、巻頭のグラビアに何ページにもわたって掲載されているのだ。今日は、すぐ見つかった。 『うかたま』という雑誌名は、食べ物の神様の略称から来ているらしい。むーちょさんの写真も、ジャムやヨーグルトを写したものだ。美味しそうな、素敵な写真だった。 それから、雑誌の中ほどにも一ページ、今度は七輪を写した写真も、むーちょさんのもの。炭火の入った七輪には二尾の秋刀魚が焼かれていて、端のほうに、それを見ている(狙っている?)猫の顔が、すこしだけ写っている。これは彼女の愛猫・ぱち君らしい。 なお、『うかたま』は農文協の発行で、季刊とのことだ。 それからまた電車に乗って、我が家のある町に帰り着く。家までの道に、金木犀が香り出している。端には彼岸花も。秋になった。 #
by suiryutei
| 2006-09-22 18:13
| 身辺雑記・自然
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台風が遠ざかった後に、秋めいた青空となった。また新しい台風が南海上に発生して接近しているそうだから、この好天も明日あたりまでか。昨夜は爽やかな夜風に吹かれての泊り勤務であった。日暮れた頃、職場に入り、夜明けとともに終わる。身体を動かしても、もうそれほど汗をかかないし、明け方になっても、まだ肌寒くもない。半袖シャツ一枚でちょうどよい。 しかし世の中のほうは憂鬱である。自民党に安倍・新総裁誕生! 右寄りの政治家が登場すると、すぐヒットラーを思い浮かべるのは、体制に批判的な人間の悪い癖というか、類型的な反応であろう。しかし、今朝の朝日新聞朝刊一面の写真! 新総裁選出直後に、安倍氏と小泉・現総裁が並んで写っている、その安倍氏の表情をご覧あれ。 これ、やっぱり似ていないか? 似ているよ、ねえ。 もちろん、それはこちらが「アイツ、危ないぞ」と先入観を持って見ているからでもある。だけど、右手のコブシを突き上げている、このポーズ。それに頬のすこしたるんだあたり。連想しちゃうなあ。朝日をお読みになっている方、そう思いませんでしたか? 金子勝さんが去年出版した『2050年のわたしから』という本には、新自由主義路線で進んでいった先の日本がどうなってしまうかがシュミレーションされていたが、安倍晋三氏と思われる人物が総理になったあたりから、いよいよひどいことになっていくという仮定であった。 酔流亭がまだ10代だった頃(安倍氏と同世代である)話題になった『日本沈没』という映画が今年また新しく作り直されて、それなりにヒットしているというのは、ブラック・ユーモアであろうか。北海道大学の山口二郎教授が最近の『週間金曜日』に書いたコラムで、やはり安倍氏とヒットラーの相似性を言い、『日本沈没』にも触れていたと思う(昨夜、人が持っていたのを大急ぎで流し読みしたので正確ではないが、たしかそんなことを書いていた)。誰だって、そう考えちゃうよ。 なかなか上手く特徴を捉えた写真を載せた朝日新聞であるが、例のNHK番組改変問題のとき、安倍氏が「朝日新聞など左翼マスコミ」と呼ばわったのは記憶に新しい。なるほど同紙と保守政界との仲は良いとは言えないだろうけれど、それにしても購読者数業界2位の全国紙を「左翼」呼ばわりする総理大臣が誕生するのは史上初めてであろう。いかに右に偏っているかということである。 最近の発言では、戦争指導者と一般の国民とを区別するのは「階級史観」なのだそうだ。 これを区別したのは何も中国など社会主義国の専売特許ではなく、アメリカが強い影響力を発揮した東京裁判だって同様の基調である。安倍氏の理解はチンピラ右翼のレベルだ。 ・・・・嘆いたり、けなしてばかりでも、しょうがないですね。さて、自分にできることは、と・・・。とりあえず、今夜はこれから出勤だが。 #
by suiryutei
| 2006-09-21 16:09
| ニュース・評論
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国立在住の知人・Eさんに会いに行こうということになった。仕事帰りに中央線の快速電車に乗る。東京駅から50分ほど。 Eさんは、色川大吉さんのお弟子になる歴史家だ。この夏、ブログ上で大使さんと知り合い、コメントのやりとりをしているうちに、大使さんが受験生時代、Eさんに日本史を教わっていたということがわかった。だから、この夜は大使さんもいらした。10年ぶりの再会とのことだが、Eさんは一目で大使さんのことがわかったという。授業のあと一緒に夜道を帰ったこともある仲だったとか。酔流亭は人見知りをするタチなので、学生時代は親しく話ができるような教師がいなかったから、Eさんと大使さんのことがすこし羨ましくなった。 [ロージナ茶房]の向かいにある居酒屋に入った。40年以上前、色川さんがユーラシア大陸を車で走破したときの裏話なんかをサカナに飲む。Eさんはこの旅行に同行し、紀行『ユーラシア大陸思索行』(色川大吉 著 中公文庫)の中にもしばしば名前が登場する。 そのあと[ロージナ]でコーヒー。 大学通りには谷保神社の提燈が吊るされていた。今週末、例大祭があるらしい。虫の鳴き音が高い。秋を感じた。 #
by suiryutei
| 2006-09-20 10:11
| 酒・蕎麦・食関係
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Comments(18)
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