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今日、9月17日は、若山牧水の命日。1928年のこの日付に亡くなった。死因は肝硬変ではなかったか。つまり酒の飲み過ぎ。まあ、牧水さんらしいと言えるけれど・・・。 しかし、享年44である。すこし早すぎる。 秋の夜にいささか酔って牧水忌 #
by suiryutei
| 2006-09-17 22:47
| 文学・書評
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Comments(3)
第二次世界大戦の後、中国は日本に対して損害賠償を請求しなかった。日本の民衆のほとんどもまた戦争の被害者であるという立場に立ったからである。だから戦争を指導した少数の人々だけを処罰することで決着させた。 それはよほど寛大な処置であったと言ってよい。これが別に“親中派”や「左翼」だけではなく、保守も含めての共通認識であるのは、自民党の総裁候補の一人である谷垣禎一・財務相が「日中国交正常化をした時に、中国は戦争指導者と一般の日本国民を分けて国民に説明した経緯があった」と述べたことでも明らかだろう(9/13 日本記者クラブでの公開討論会)。 ところが、最有力の総裁候補である安倍晋三・官房長官は、その討論会の場で、この谷垣氏に対して「そんな文書は残っていない。国と国とが国交を正常化するのは、交わした文書がすべて」と反論した。 この安倍氏の言い分は、飲酒運転でひき逃げ事故を起こしておいて、逮捕されたときには酔いが醒めていたのをよいことに、「事故を起こしたとき酒は飲んでいませんでした。酔っていたという証拠がありますか。犯罪は証拠があるか無いかがすべてでしょう」と居直るのと同じではないかと思われる。つまり、卑劣で見苦しい。 「戦争を指導した層と民衆は別」というのは、中国政府が自国の民衆に対して行った説明だ。日中両国の間の外交文書として残しておくようなものでは元々ないだろう。それをよいことにして・・・まったく。 安倍氏は最近、「美しい日本」という言葉を連発しているらしい。どの国にも、美しい面もあれば嫌なところもある。自国ばかりをやたら美しいと言いたがるのはまことに低級なナルシズムであるけれども、それにしても安倍氏に体現されるような日本の姿は、美しいどころか醜いと言う他あるまい。 「自虐史観」を云々する歴史家たちは鈍いね。日本国民を自虐的な気持ちにさせるのは、君たちが担ぎ上げている政治家だよ。 最後に、石橋湛山の言葉をすこし引いて、目を洗っておこう。日中国交がまだ回復されていなかった1960年に書かれた『池田外交路線に望む』から。 「・・・全人口の四分の一にも達する隣の大国が、今ちょうど日本の明治維新のような勢いで建設の途上にある。それをやがて破綻するだろうと期待したり、また向こうから頭を下げてくるまで待とうとするような態度が、はたして健康な外交であろうか。戦後十五年を経て、すでに戦後の時代は去ったようにいう人もあるが、今次大戦の中心は中国にあったのであり、その日中戦争を終息せしむることこそ戦争終結のための最大の課題ではないか。・・・しかも相手は暴虐の限りをつくした日本に対して、仇を恩で返すことを国是とし、いっさいの報復主義を排して逆に手を差し伸ばして来ている。それが容易なことではないことは、立場をかえてみれば自明である・・・」(岩波文庫『石橋湛山評論集』276ページ)。 #
by suiryutei
| 2006-09-16 11:43
| ニュース・評論
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Comments(31)
![]() まず生ビールで乾杯。つきだしは蛸のやわらか煮と青柳。 ついで注文した料理が、いい間合いで出てくる。こちらもビールから酒にかわって、東一、鳳凰美田、中屋などなど。 刺身はかんぱちと昆布〆めした鯛。 焼き物はタカベの塩焼き。 すっぽんの茶碗蒸し。 旬の終わりと初めが晩夏にわずかのあいだ交差する鱧と松茸は、小鍋立てで。 どれも美味しい。本格の板前料理が、しかも居酒屋と変らぬ値段だ。しかし、この夜のハイライトは、何と言っても、鱸(すずき)と加茂茄子の揚げ出しであった。鱸って、こんなに美味しい魚だったんだね。 となりのテーブルに30代と思われる男二人連れがいた。池波正太郎の本のことをしきりに話している。若い男が、普段よりちょっと美味しいものを食べたいと思ったとき、池波が書いた食についてのエッセイが良い手引になるようだ。彼らが注文した柿の白和えが、なんとも美味しそう。それを見たとき、われわれはもう腹が出来上がっていたので、たのまなかったけど。 帰りにご店主に聞いたら、柿はまだ出始めたばかりなので、当分やっていますとのことだ。季節を大切にする店だから、あるうちにまた来なくては。 上の写真は、池波正太郎が描いた鱸の画。キセルを口にくわえて、ユーモラスである。法被(ハッピ)みたいなものを身に纏っているのは、奉書焼きという料理法から連想したか。浅草にある池波正太郎記念文庫が作成した今年のカレンダーの今月の絵。 なお、[くう]は今までは日曜定休でしたが、日曜と月曜が定休日となりました。 #
by suiryutei
| 2006-09-15 09:48
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Comments(12)
テレビの天気予報では、この先一週間、ほぼ傘マークが並んでいる。今年も秋の長雨の季節となったようだ。 ついこの前の日曜日はものすごい暑さであったのに、今日は肌寒いほど。この長雨のあと、いくつか台風が来て、そしてほんとの秋になるのだろうか。 月曜に井の頭公園のあたりを歩いた後、また焼き鳥の[いせや]に寄った。生ビール、酔流亭には珍しく酎ハイ(だって、この店の清酒は甘ったるいので)。今回は焼き鳥も食べた。もうじき取り壊される現店舗は、いよいよ25日までの営業だそうだ。もちろん店自体が無くなるのではなく、ビルに建て替わるのである。 そのあと、ハモニカ横丁のあたりをすこし歩き、近くにあった沖縄料理の店に入る。泡盛と沖縄の焼きそば。帰宅は終電になった。 で、翌火曜日は身体がずっしり重い。秋の長雨の季節とは、夏の疲れが出る季節でもあった。仕事は休みであったが、終日、何もせず。ただ図書館に行って、借りていた茨木のり子さんの詩集『見えない配達夫』を返し、かわりにやはり彼女の詩集『倚りかからず』を借りる。 昨日の完全休養で、今日から再発進! #
by suiryutei
| 2006-09-13 06:49
| 文学・書評
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Comments(8)
歯の治療のために、昨日も三鷹まで出かけた。 中学の同級生であるところの歯科医は、大の温泉好き。去年の今頃は二人で山梨の増富温泉に行った。酔流亭の右上の奥歯をゴリゴリ削りながら、 「おい、またどっか温泉行きてえな。宮城の蛾々温泉なんてどうだい」 温泉旅行をやりたいのはこっちも同意見だが、口を開けたままだから、返事をしようとしても 「あぐわぐわあ」 意味不明になる。 治療の後、玉川上水沿いを歩いて、井の頭公園に行った。この日は、前日の天気予報では雨ということであったし、事実、明け方頃に強い雷雨があったらしい。しかし、午後のその時間は雲は厚いながらも、どうにか天気はもった。上水沿いの道が公園にぶつかると、左に折れれば吉祥寺の駅に出るが、この日は右に曲がってみた。やがて奇妙な建物を見かける。「ジプリの森」であった。ここにあったとは知らなかった。今にも雨が降り出しそうな平日の夕方であるのに、子供連れで賑わっている。敷地は狭い。土曜や日曜は人があふれるだろう。 引き返して、井の頭池の周りあたりをしばし散策。夏が行くのを惜しむように蝉が鳴いている。 #
by suiryutei
| 2006-09-12 16:46
| 身辺雑記・自然
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Comments(4)
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