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新人事制度 大阪での報告①~③
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前にも書いたが、9日に歯医者にかかった。その歯科医院は三鷹にある。 当日の勤務は午後から。歯医者へは朝早く行ったから、診療が済んだ後、勤務が始まるまですこし時間があった。この日は素晴らしい快晴である。歯科医院のすぐ前を玉川上水が流れている。折角だから、散歩することにした。 JR中央線の三鷹駅前から井の頭公園まで、玉川上水沿いに続く道は「風の散歩道」などと呼ばれ、緑がゆたかだ。途中、山本有三の旧宅が残っていて中を開放しているし、かつて太宰治が女性と入水自殺したのも、このあたり。ただし、上水を流れる水の量は現在は僅かだから、大人が飛び込んでも今なら死ねない。うれしいのは上水の両側を樹木が生い茂っていることで、武蔵野の面影が彷彿とする。 井の頭公園に向かって、ゆっくりと歩いた。酔流亭の頬の右半分にここ数日張り付いていた歯の痛みは、歩いているうちにも徐々に薄らいでいく。出勤前であるにもかかわらず開放感が広がっていった。そのとき頭上を黒い小さな鳥が飛んでいくのを見かけた。頬が白い。ホオジロではないだろうか。去年暮れ、我が家の庭にメジロが飛んできたとブログに書いたら、それに寄せてくださったFouさんのコメントに、野鳥ではホオジロは名の通り頬が白いから識別しやすい旨書かれていたと記憶する。ならば、これはホオジロに間違いない。 スズメとハトとカラスはどこでも見かけるから見飽きてしまっているけれど、それ以外の小鳥を目にすると、なんだか気分が良い。 翌日の10日は奥多摩の日の出山(標高902メートル)に登った。今年最初の登山である。JRの五日市駅からバスで「つるつる温泉」手前まで行き、そこから歩き出す。この日も快晴。山頂からは雲取山や遠く浅間まで望める。 ![]() 野鳥を観るのは、それも普段あまり見かけない種類であればなおのこと、気分の良いものだ。年が改まってから、気分の良いことが続いている。 #
by suiryutei
| 2007-01-14 17:52
| 身辺雑記・自然
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一昨日(11日)は神田明神に初詣に行った。神田であるから、そのあとは[まつや]の蕎麦ということになる。 いま一年前の日記を引っ張り出してみたら、去年も初詣は神田明神であった。ただし、まず[まつや]で腹ごしらえをして、そのあとお参りをしている。今年は順序が逆になった。 ![]() [まつや]には午後2時過ぎに入り、4時近くまでいた。例によって「にじよじ」。午後の休憩をとらない店で、ゆるりと酒を飲める時間帯だ。しかし、さすがは[まつや]であって、この時間でも店内は活気に溢れている。そうして、活気がありながら、空き席を待つ客にせかされるほどには混んでいないというのが、じつに良い塩梅なのである。 ![]() #
by suiryutei
| 2007-01-13 08:08
| 酒・蕎麦・食関係
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Comments(4)
この年末始の特徴は、夜空がとてもきれいだったことではないかと思う。 もともと、一年のうちでも空気が澄む時季である。年末始は産業活動がいくらかはストップするし、都心を走る車の数も減る。それに加えて、暮れの26日と今月6日に列島を走り抜けた二発の「爆弾低気圧」がもたらした大量の雨だ。空気中の汚れをそれが洗い流してくれたような気がする。 さらに正月三日は満月でもあった。三が日と満月がぶつかる年は当然これまでにもあるはずだけれど、今年はとくに印象に残ったと感じたのは酔流亭だけだろうか。 例の「爆弾低気圧」が首都圏を通過した6日の土曜日、朝から降り出した雨は午後になるといよいよ強くなったが、それでも酔流亭が勤務を終えて職場を出た5時半過ぎには、どうやら上がった。池袋で友人たちと飲む。地元の駅に戻ってきたのは11時半ころである。 夜空が素晴らしく晴れ渡っている。満月から三日後だから、月はやや欠けてきてはいたけれど、空一面に瞬く星が見事であった。ずっと上を見ながら歩き、深夜で寒かったにもかかわらず家に帰り着くのがもったいないような気分であった。 翌々日の8日、「成人の日」恒例のサントリーの新聞広告に、作家の伊集院静氏が書いた文章は「空には星もあるのだから」という一行で結ばれている。 「・・・今日から酒が飲める年齢だ。苦い酒を覚えろ。酒のマナーは品性だ。でも一人じゃないぞ。空には星もあるのだから」。 こういう文章というのは、発表される日よりおそらくずっと前に入稿されているはずだから、伊集院氏がその数日前の夜空を見てあの文章を書いたはずはない。それにしても、今年にぴったりであった。酔流亭はサントリーのウィスキーは滅多に飲まないけれど、ちょっといい気分で日本酒を飲もう。 さて下の写真は友達のがじゅたんが贈ってくださったバースディ・カード。手作りのものである。こんな友人がいることをつくづく幸せに思う。空には星があり、われには友がいる。 ![]() #
by suiryutei
| 2007-01-11 23:32
| 身辺雑記・自然
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大晦日から、右の奥歯がすこし痛み出した。虫歯というより、歯茎が炎症を起こして、それで痛みが歯に出たように思われる。 といっても、三が日の間はそんなにひどい痛みではなかった。雑煮の餅も、しっかり噛んでたっぷり食べたし、宮崎の蕎麦屋[哲心]から取り寄せた初春の羊羹も美味しかった。[哲心]の菓子作りを担当するのは店の跡取り息子だが、京都屈指の和菓子の老舗[末富]で修行しただけあって、見事な仕事をする。 ![]() 吉野秀雄の歌に 一切れの堅き肉噛み歯茎いたし痛きもたぬし歳のはじめは というものがある。今年の酔流亭の正月はまさにこれであって、歯がすこしくらい痛んでも正月が楽しいのに変わりはない。 五日が酔流亭の誕生日であった。日記に書いたように、妻からゴディバのチョコを貰い、そして妻の友人のMさんからはゴンドラのパウンドケーキと生チョコをいただいた。 翌六日の仕事中に、痛みが強くなった。酔流亭の仕事はけっこう力仕事なのである。たとえば郵便物の入ったケースを航空コンテナから局のパレットに積替える作業など、奥歯をぐっと噛み締めて力をこめるということをくりかえす。痛みがひどくなったのは、そのせいだろう。 休憩時間に職場の公衆電話から歯科医にSOSを発信した。 日・月の連休が明けた火曜日、勤務は午後からだったから、午前中に歯医者に行った。治療が済むと、痛みがすっとひいていくように感じられる。もっとも、歯科医に言わせると、「腫れの峠が過ぎたんだよ。もう慢性化しているからね。また急に痛みが出ることがある」ということであるそうだ。 ともかく、歯痛からは解放された。妻から貰ったゴディバのチョコは4個入りで、まだ二つ残っている。今朝は、お預けをくっていたMさんからのゴンドラの生チョコを食べる。美味しい! 酔流亭の口中に、初春の気分が甦った。 ![]()
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by suiryutei
| 2007-01-11 10:41
| 身辺雑記・自然
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去年の暮れ、『民営化という名の労働破壊』(藤田和恵著 大月書店)という本の書評を『社会評論』という雑誌に書いた。すると、年も押し詰まった先月30日に、完成したその雑誌が送られて来た。酔流亭はこの雑誌を普段は講読していないのだが、折角の頂き物である。正月三が日の通勤電車の中で、その誌面にざっと目を通してみた。 中では、小説家・大西巨人氏の語るところに興味を惹かれた(『「精神のたたかい」をめぐって』対話者 立野正裕・明治大学教授)。 現在の日本国憲法が、明治の自由民権運動の高揚の中で各地に生まれた私擬憲法草案の流れをひいているとして、五日市憲法草案の例を大西氏が挙げているのは、『フォーラム色川』の一員である酔流亭として嬉しいところだ。『フォーラム』は、その名の通り、歴史家・色川大吉さんを慕う者が集まる市民サークルであり、そして色川大吉さんこそ五日市憲法の発見者だからである。 さらに大西氏は、抵抗者の側における非暴力の思想にもふれる。 「非暴力を徹底させるということは、なかなかむずかしいことではあろうと思いますがね。しかしそのことが実現しないと、いずれ人類は破滅するだろうという考えが私にあるんです」。 「・・・暴力は、『人が本来頼るべからざるもの・究極的に頼り得ざるもの』なんだ。そういう思想が戦争中の東堂のなかにもすでにあったわけです」(東堂とは、大西巨人氏の代表作『神聖喜劇』の主人公。酔流亭はこの小説は未読なので確たることは言えないが、対話者の立野教授によれば、かつては人民の側の武力抵抗は否定しなかった東堂は、やがてそれを乗り越えて、抵抗する側の武力行使も一切否定するに至るようだ)。 去年観た映画の中で最も印象に残った『麦の穂をゆらす風』の中に、独立運動の内通者を主人公のテディが抵抗組織からの指令で処刑(ピストルで銃殺)する場面があった。その内通者はテディの幼友達である。そしてテディは「(アイルランド独立は)これほどの犠牲を払ってまでやる価値があるのか」と涙とともにつぶやくのだ。 この映画を撮ったケン・ローチは、アイルランドの完全独立を断固支持する立場にたつ。と同時に、テディのつぶやきは、全ての反体制運動に対してケン・ローチの放つ問いかけでもあろう。その目的がいかに正当であろうとも、流血と暴力は本当に必要不可欠な避けえぬものであるのか? と。 この問いかけに、どう答えたらよいだろうか。圧制に対する人々の抵抗は、これまで大抵は武装蜂起という形で爆発したし、苛烈な弾圧に対しては“鉄の規律”をもってしなければ抵抗運動は守れなかったのも事実だろう。しかしまた、やむにやまざる抵抗として発動されたはずの暴力が容易に報復の思想と結びついて生じた惨状をわれわれは歴史の上でも現在でも、もう充分すぎるほど見せつけられている。かつては武器とともに提起された抵抗権を、今日では非暴力の思想とともに押し出していかなければ「いずれ人類は破滅する」(大西氏)のではなかろうか。 この問題を今年は考え続けていきたいと思っている。いや今年だけに限ったテーマではないのだけれど。 #
by suiryutei
| 2007-01-07 23:18
| ニュース・評論
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Comments(4)
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