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新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日は「重陽の節句」だったそう。菊の花を盃に浮かべて菊酒を愛でる風習がある。 と言っても、これは旧暦でないとピンとこない。新暦では、まだ菊には早すぎる。それで、酔流亭も昨夜はいつもどおりに冷酒を酌んだ。酒は小布施の「枡一」。 さて明日は選挙だ。どこに投票するか。 各種の調査では自民優勢らしい。たしかに、あのワン・フレーズには勢いがある。そして、その勢いがどこに向かうかは二の次にして、イキオイそのものに弱いのが我が国民性である。ちょっと前は、それで戦争にまで突っ走った。 この勢いを止めるために、どこに投票するか。常識的に考えれば、民主党ということになる。社民や共産では、ことに小選挙区では、ごく一部の地区を除けば死票になってしまうからだ。 しかし、それでいいのか、という思いが、酔流亭にはある。 郵政民営化問題が、どういう形になるにせよ、ある程度おちつけば、つぎは憲法改正がクローズアップされるだろう。そうさせないためにも、ここは自民に勝つ可能性のある民主党へ、とも考えられるけれど、その民主が自民党に劣らぬ改憲政党だ。改憲を阻止するつもりで野党第一党に入れたのに、その民主党がいつのまにか改憲の旗振りをしている、ということになりかねない。 それに、とりあえず自民党に勝てそうな野党へ、ということをくりかえしていくと、いずれ二大政党以外は死に絶えてしまうだろう。それが小選挙区制の毒なのであるが。 そこで、酔流亭としては、比例区では社民、小選挙区では共産党に一票を投じようと思う(酔流亭の選挙区では社民党は候補を立てていない)。 共産党に対する酔流亭の思いは、いささか複雑である。意見のちがう相手に対する同党の不寛容に辟易させられたことがしばしばあるからだ。 佐高信氏がどこかで書いていたように記憶するが、彼が勤め人をしていた頃、職場の共産党グループから入党の勧誘があった。佐高氏は「中野重治が中にいられなかったような組織では・・」という理由で勧誘を拒んだ。これに酔流亭も同感する。 以前、まだ小選挙区制になる前は、共産党の議席は結構あったし、改憲も具体的な日程にのぼってはいなかった。そのころは、選挙ですこしくらい負けたほうが共産党の指導部が反省する契機になっていいのじゃないかと思っていたから、共産党に投票することはしなかった。 しかし、現在は共産党の体質改善(?)より改憲阻止のほうを優先させなければならぬ。 「9条の会」の加藤周一さんや鶴見俊輔さんや澤地久枝さんも、おそらく同じ思いだろう。たとえば中野重治について優れた著作を持つ澤地さんが、共産党の体質に無批判であるはずがない。しかし、今は護憲ということを第一に考えなければならない。 以上が、明日の投票日に向けての酔流亭の考えである。 #
by suiryutei
| 2005-09-10 09:54
| ニュース・評論
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今日になってずいぶん涼しくなったけれど、昨日は暑かった。台風が通過したあとだから、しょうがないか。 朝、勤務が明け、夜また出勤という日にあたっていたから、この暑さはこたえた。 午前8時過ぎに帰宅し、ビールを飲みながら朝食を摂る。TVの朝のワイドショー番組で、各党の論客による討論会が始まった。 「新党日本」の荒井ナニガシという議員(あの、参院で民営化法案に反対した人)はスタジオに来れず、移動中の新幹線から電話で討論に参加している。ところが、彼が話している最中に、自民党の代表がキレた。山本一太という若い議員である。 「電話なんかじゃなく、スタジオに出て来い。こっちは命がけでやっているんだ。命をかけているんだぞ」云々。大声でわめき出す。 戦前、「万世一系」の天皇の下で「昭和維新」にのぼせ上がった青年将校なんてのも、こんなタイプだったんだろうか。しかし今は戦後60年たった「平和な」世の中である。仰々しいこと、おびただしい。 ところが、「郵政民営化して職員を減らしても、もともと独立採算でやっているんだから、国の財政赤字とは関係ない」と野党に指摘されての山本氏および公明党代表の反論というのが、「民営化すれば税金を取れる」というものであった。 山本氏が命をかけている「改革」の本丸であるところの「郵政民営化」の中身が、「そうなれば税を取れる」程度のことであるとするなら、ほとんど笑い話の領域である。民営化の暁には、民営郵便局からせいぜい税を取り立てればよろしいけれど、780兆円の国の大赤字の前に、そんなのがなんぼになるのかね。真面目に口角泡を立てれば立てるほど、話は矮小になっていく。目の前の現実を見たくなさに、ママゴト遊びをやっているにひとしい。 そんな議論を聞かされて、朝から食傷した酔流亭は、10時頃には寝床に入った。しかし正午前に目が覚めてしまう。気温がぐんぐん上昇してきたことと、それに宣伝カーだ。各党のクルマがマイクで演説しながら走り回っている。 前夜が徹夜で、昼間2時間の睡眠で今日も一晩働きづめか、と思うと、さすがに憂鬱になった。 このところ一緒の勤務が続いている同僚のAさんは来年、定年退職だが、泊り勤務の明け方など、立っているだけでも辛そうで、見ていて気の毒になる。立っているだけでと今書いたけれど、一晩中立ち詰めの力仕事なのである。だから、わずかの休憩時間でも、イスに身体を横たえている。時間が来ると、よろよろと起き出す。 山本一太議員の「命がけ」が、どれほどのものかは知らない。しかし、郵便に限らず、高齢者や何か持病がある人が深夜労働や変則勤務をやるのは、文字通り「命がけ」になっているのが、現在の我が国の労働環境だろう。「親方日の丸で人が余っている」と詰られる郵便局でさえ、今の深夜勤務制が導入されてから(去年2月)、何人もの在職死亡が出ているのである。「民間はもっとリストラが進んでいる」のであれば、どれだけの過労死およびその予備軍が存在していることか。 「郵政民営化」の本当の狙いは、ここから見えてくる。郵便局員から公務員としての身分を奪ってもっとリストラしやすくすれば、それは返す刀で、民間の労働者への一層の労働強化に向かうだろう。日本社会全体のリストラ、富む者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる「格差拡大社会」がすすむ。「郵政民営化は全ての突破口」ということの、ママゴトではない本当の意味は、そこにある。 #
by suiryutei
| 2005-09-09 18:35
| ニュース・評論
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数日前、仕事帰りの電車の中で。 その日は夜勤だったので、上野駅から常磐線の快速電車に乗ったのは、午後10時半を回っていた。幸い、座ることができた。すぐ眠ってしまった。夏の疲れが出る季節である。 松戸を過ぎたあたりで目を覚ました。見上げると、頭上の網棚に漫画雑誌が置かれている。松戸駅で降りた乗客が読み捨てたらしい。退屈しのぎにと、手をのばした。 普段、開いたことのない雑誌だった。冒頭にアイドル・タレントの水着写真が2~3頁ある。そのあとの連載漫画もあまり興味を惹かれなかったから、数分で読むのをやめて、また網棚に戻した。これが、たとえば『モーニング』誌あたりだったら、『ジパング』とか『青春の門』(五木寛之のあの小説の漫画化です)とか、なかなか面白い連載があるので、読みでがあるのだけれど。その漫画雑誌は何というのだったか、誌名も憶えていない。 それで、酔流亭が目を覚まして、網棚の雑誌に手をのばしたときのことである。 斜め前に立って文庫本を読んでいた30代くらいとおぼしきサラリーマン風の男が「恥ずかしいなあ」とため息まじりに言ったように耳にした。 ちょっと混乱した。咄嗟には、彼が読んでいる文庫本について「むずかしいなあ」と独り言をつぶやいたのかと思った。しかし、酔流亭を目指して「恥ずかしい行為だ」と咎めたと解釈したほうが自然ではないか。 たしかに、あまり褒められることではない。 まず、50にもなった男が電車内で漫画を読んでいるというのは、いい光景とは言えない。つぎに、人が読み捨てた雑誌を手にするというのが、決定的にミットモナイだろう。我ながら、すこし恥じた。 しかし、こうも考えた。たしかに酔流亭がやったことは、立派な行為ではない。でも、といって、言葉に出して咎めるほどのことだろうか。人に迷惑をかけるようなことはしていない。 あるいは、あのグラビア写真が刺激的なヌードだったら、周囲の女性が不快感を覚えるということがあるだろう。しかし、イヤラシイというような写真ではなかった。ハタチ前後くらいの女の子が、その年齢の娘だったら誰が着てもおかしくないような水着で微笑んでいるだけのものである。それに、そこはパラパラッとめくっただけで通過している(本当ですよ。コドモに興味は無い)。 電車を降りてから気付いたのだけれど、それは、こういうことだったのではないだろうか。酔流亭はホワイトバンドを左手に巻いている。あのサラリーマン風の男は、それに反感を持ったのではなかったか。その反感が、ふっと口をついて出たのでは? もしそうだとすれば、この程度のことでも、何らかの意思表示をするというのは、つねに反感や敵意の視線を覚悟しなければならないということだろう。よく出回っていると聞きながらも、通勤の勤め人でこのバンドを巻いている人をまず見かけないのは、そういうこともあるのかもしれない。 このホワイトバンドだが、世界の貧困問題に取り組む活動のシンボルということだそうである。一個200円で、売り上げの一部もそのための活動にあてられる。 酔流亭に疑問が全然ないわけではない。世界から貧困を無くそうというのは、大変な課題である。途上国援助の増額でどうなるというものではない。弱肉強食のシステム下では、援助が新たな搾取の導入口になる危険だってある。世界の構造そのものを変えるところまで踏み込まなくてはならないだろう。ロンドン・サミットでも貧困問題への取り組みは重要なテーマだったが(テロでかすんでしまったけれど)、イラク戦争を支持した同じ人間の口からそれが語られても、「何だかなあ」と思わずにはいられない。 それでも、貧困問題に関心が向かうことはいいことである。そう考えて寝るとき以外はホワイトバンドを手首に巻いている。すくなくとも、自分が金儲けしやすい社会にするために「今こそ改革を!」とのぼせあがるよりも、ずっといいことだ。 #
by suiryutei
| 2005-09-08 14:09
| ニュース・評論
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昨日の朝刊(『朝日』)の一面記事を読んで、目を疑った。小泉総理は千葉県市川市の演説会場で、郵政民営化の意義を、こう語ったという。 「全国の警察官を合わせても約25万人。それ以上の常勤公務員26万人、短時間(非常勤)公務員約12万人の合わせて約38万人が郵便局で仕事をしている。これ以上、公務員を減らす改革はないでしょう」。 小泉総理は、アルバイトの職員までも、世襲制の特定局長などと一緒くたにして、既得権益者あつかいしているのである。そして彼らの首を切れとアジッている。彼の無知と暴言には今さら驚かないにしても、これはちょっと度を超していないか。 郵便局の非常勤職員の時給は1000円にも満たない(昨日、一緒の分担だったバイトの人に訊いたら950円だと言っていた)。交通費も全額は支給されない。病気休暇も無いから、酷使されて身体を壊したら、即退職に追い込まれる。酷使といえば、休憩・休息も規則どうりには取れていないようだ。非常勤職員の無権利をいいことにして、こき使っているのである。実際、それで腰などを悪くして退職していく若者は多い。いくら雇い先が国営だろうと、とても公務員と呼べるような待遇は受けていない。 さきほど無知と書いたけれど、小泉総理はそうした実情を知らないのだろうか。そうではあるまい。 8月6日に広島を訪ねても、平和公園で原爆ドームを背にして郵政民営化の話しかしない人間である。彼は郵政に関してはエキスパートなのだ。被爆者の置かれている状況には全く関心を持たない分、郵便局のことなら何だって知っている。 そして、その上で、もっとこき使え、首を切れと煽っている。 自民党をいびり出された綿貫民輔氏や亀井静香氏が、小泉総理をヒットラーにたとえて恨み節を奏でるのは、ちょっと大げさだし、情けない気がする。ヒットラーのやった悪事は、そう安直に比較されるものではなかろう。それに亀井氏たち自身も、自分が権力に近いところにいたときには少数派を随分いじめてきたのではないか。 しかし、社会の閉塞感に乗じて、特定の対象を目の敵にしてデマを使いながら叩くという手法は、たしかにナチスのユダヤ人迫害の手口と似たものがあるだろう。 低級な煽動政治家の跋扈は国を誤らせる。 #
by suiryutei
| 2005-09-07 10:46
| ニュース・評論
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8月27日の日記(『高三の夏』)で、吉田拓郎の『今日までそして明日から』という歌にちょっと触れた。そのとき、新聞のコラムでこの歌に言及していた映画プロデューサーの鈴木敏夫氏のことを「どんな映画を作っている人か知らないが」と書いた。 ところが、それから数日後、スタジオジプリの広告記事で、この鈴木氏がおおいに語っているのを目にすることができた。スタジオジプリが発売した『加藤周一 日本その心とかたち』というDVDの広告である。 それによれば、鈴木敏夫氏は1948年生まれ。現在、スタジオジプリの専属プロデューサーであり、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』などのいわゆる宮崎アニメの製作にあたってきたとのこと。 それならば、『もののけ姫』や『千と千尋の・・』は酔流亭も観ている。全然知らないわけではなかった。 この人は、若いころは寺山修司を読み耽った。寺山に飽き足らないものを感じ始めたころ加藤周一の『日本文学史序説』に出会い、衝撃を受けた。20代後半のことだ。以来、加藤さんの著作をくりかえし読み、「へんな話ですが、僕は加藤さんの書かれたものによって、目の前にいる宮崎駿のやっていることを理解し、理解すると同時に、宮崎駿にフィードバックできるようになった。宮崎駿が本能でやっていることに対して、僕は加藤さんの知恵を借りながら、あなたのやっていることはこういうことじゃないか、という会話が成り立つようになったんですね」。 寺山修司から加藤周一へというのは、ちょっと飛躍というか断絶があるような気もするけれど、若い魂の遍歴とは、そうしたものだろう。酔流亭が加藤さんの著作に初めて接したのも、やはり20代の終わりころだ。『戦争と知識人』を読んだのだと思う。鈴木氏と同様、衝撃を受けた。加藤さんの立場を鈴木氏は「近代の擁護」と呼んでいるけれど(賛成)、その近代とは理知の力ということである。酔流亭は、そこから石川淳や林達夫を読むようになった。 しかし宮崎アニメと加藤周一というのは、これを読むまで気付かなかったな。『もののけ姫』なんかからは、むしろ故・網野善彦の史学の匂いみたいなものを何となく感じたけれど。 加藤周一さんは1919年の生まれだから、現在、80代なかばになる。まだまだお元気なようで、「9条の会」でも中心になって活躍されている。世紀が替わる数年前、この人の『私にとっての20世紀』と網野さんの『日本とは何か』を一緒に本屋で買ったのは、世紀の変わり目にふさわしい読書体験だった。 #
by suiryutei
| 2005-09-06 10:04
| 映画・TV
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