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新人事制度 大阪での報告①~③
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「深町」の天麩羅~花まき日記にトラックバック~ てんぷら屋には、しばらく行っていなかった。 本格のてんぷらをコースで食べれば、それなりの値がするということがある。それに、国分寺の[義蕎]のように、専門店顔負けのてんぷらを供してくれる蕎麦屋があるから、蕎麦屋好きとしてはそれで充分だという思いもある。 そうは言っても、気になる天麩羅屋はあるのである。京橋の[深町]だ。ご店主が山の上ホテルで揚げていた頃、何度か伺っていた。独立して、もう3~4年経つだろうか。 先月、酔流亭のHPが開設以来30000アクセスを超えた。それより前、女房(花まき)のHPは40000を超えている。そこで、そのお祝いを合同でやろうということになった。ちょうど夏のボーナスも出たばかりだ。まあボーナスのほうはここ数年、縮んで伸びないので、あまり景気はよくないのであるけれど、それでも普段よりはいくらかはフトコロにゆとりがある。 昨夜の[深町]は、どれも素晴らしかった。詳細はトラックバックした花まき日記を参照されたい。海老もキスも穴子も、天麩羅の食材は夏に旬を迎えるものが多い。江戸前の天麩羅は今が食べ時である。 #
by suiryutei
| 2005-07-06 23:08
| 酒・蕎麦・食関係
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一昨日の日曜日、朝のTV番組に東条英機の孫娘にあたる方が出演していた。もちろん60年前の国家指導者のそれであるから、孫といっても、もうお婆さんと言っていい年齢である。 彼女の語るところでは、東条家に対する迫害は敗戦前から始まっていたという。あちこち転々としたが、食料の配給券から名がわかってしまう。戦後、東京裁判で祖父が絞首刑になると、彼女が通っていた学校では子供たちが首に手を回してイスから飛び降りる真似をして「コウシュケイ、コウシュケイ」と囃したそうだ。 陰湿な話である。誰か「悪役」が決まると、よってたかってイジメにかかるのは日本人の(日本人だけではないかもしれぬが)のよくない性だ。当時を思い出して彼女が憤慨するのは当然だろう。 ただし、迫害ということで言えば、戦前・戦中、日本の戦争政策に反対した人たちに加えられた迫害は戦後の東条家に対するそれの比ではあるまい。さらに、朝鮮や中国で抗日運動に従事したゆえをもって捕らえられた人々に加えられた拷問の酷さ、虐殺された人々の多さを思うてみよ。当時の日本政府が行ってきたそうしたことについて、東条英機にまるで責任が無いとは、まさか言えぬであろう。 東京裁判の審理過程がいかに杜撰であったにせよなかったにせよ、自分が受けた迫害への鬱憤だけで心が一杯になって、そうしたことへは思いがまるで及ばないのだとしたら、やはり視野があまりに狭いと言わざるをえない。 それにしても、ここで思い出されるのは、2日の日記でも紹介した石橋湛山のつぎの言葉だ。 「・・・記者は戦没者の遺族の心情を察し、或は戦没者の立場に於て考えても、斯かる怨みを蔵する神として祭られることは決して望む所でないと判断する」。 祭られる対象には祭る者の思いが籠められるのである。あの東条のお孫さんが持っているような怨みを背負い込まされているとしたら、靖国神社にねむる戦犯たちの霊も心やすまらないことであろう。 石橋湛山という人、やはり偉かったな。敗戦後の混乱期に、今日でも光る発言をちゃんと残している。同じく総理大臣になった男同士だから比較するのであるけれど、東条英機ごときは問題にならない。湛山が主張した「小日本主義」は、今こそ活かされなければならないと考えるのだが、これは今日の日記の話題ではない。また他日に。 #
by suiryutei
| 2005-07-05 13:23
| ニュース・評論
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泊まり勤務明けで三鷹に行った。例によって、友人の歯科医に歯を診てもらうため。 診療の時間まで、すこし間があるので、床屋にかかろうと思った。で、雨の中、三鷹駅周辺で捜してみたのだけれど、手頃な店が見つからない。 床屋は、あることはあるのである。調髪料4000円前後というのは、まあ相場であろう。しかし、酔流亭の頭を仕上げるのには、ちょっともったいないという気がする。バリカンで坊主に刈ってもらうだけでいいのだから。それで、最近は2000円前後の店でやってもらうことにしている。 ところが、三鷹駅周辺には、そういう店は無いのだ。 このごろは、駅構内なんかで、1000円でやってくれる床屋が増えた。一人あたり10分間くらいの所要時間である。洗髪も髭剃りも無く、最後は掃除機の小さいようなやつを頭にサッと撫でておしまい。床屋のドトールコーヒー版みたいなものだろうか。酔流亭はこれだっていいのだけれど、でも頭くらいは洗ってほしいという気もする。さりとて、一般の床屋に入って、普通の人の数分の一の量も無い頭髪で、同じ値段をとられるというのも、あほらしい気がするのである。 しばらく歩いていたら、3000円という店が見つかった。ここで手を打とうとしたのだが、先客がいる。女性の理容師一人でやっている店であり、時間を聞くと診療時間までにとても間に合いそうにない。見送らざるをえない。結局、今日はかからずじまいだった。 数年前まで、酔流亭にはかかりつけの床屋が神田にあった。酔流亭の同年輩の理容師が、じつに丁寧に刈ってくれた。何度も言うように酔流亭は坊主頭であり、それも一見すると「剃っている」と思われるほど短くしているのであるが、その理容師はバリカンもカミソリも使わない。ハサミだけで刈り上げるのである。職人というか名人の仕事だと思った。バリカンを使っていれば洗髪や髭剃りも含めて20分前後あれば終わる仕事を、小一時間かけてみっちりと仕上げてくれた。 その床屋は、大家とトラブルがあったらしく、廃業してしまった。以来、これと決めた床屋は無い。どこへ行ったとしても、あれほど丁寧に刈ってくれる店は無いから、ならば安いところでいいやと決めている。明日は仕事が休みだから、地元に最近できた床屋(先月もそこにかかった)に行ってこよう。 #
by suiryutei
| 2005-07-04 21:12
| 身辺雑記・自然
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昨日、女房のところに[夢八]ご店主からメールがあって、今月1日をもって閉店したと伝えてきた。寝耳に水とは、このことだ。去年春に開店して以来、たいへんに繁盛してきたことを知っているからである。たまに伺ったときも、いつも店内は明るい活気に満ちていた。しかし、じつはこのことが廃業の理由らしい。忙しい毎日が続き、店主ご夫妻は過労で体調を崩されたのだという。 蕎麦屋[夢八]は、秋葉原駅から歩いて数分、神田川の畔に立つビルの一階にあった。ご店主は広告代理店を定年を待たずに退職され、この店を始めた。ここの蕎麦は旨かった。若いときに職人として修行を積んだのではなく、或る程度の年齢に達してから蕎麦打ちを習ったというのに、どうしてこれほど見事な蕎麦を打てるのか、今でも不思議に思っている。そして、おそらくサラリーマン時代、良いお店を食べ歩いてこられたからだろう、酒と酒肴は趣味がよく気の利いたものが揃っていた。 最後に伺ったのは春さきのまだ寒い時分だった。水俣病患者の支援運動に取り組んでいるKさんを連れて行った。Kさんと知り合ったのは、酔流亭の職場に彼が非常勤職員として暫らく働いていたからだが、いつも泊まり勤務で顔を合わすだけだったKさんが球磨焼酎の「文蔵」を気持ち良さそうに飲んでいたのを思い出す。店の雰囲気が良かったから、Kさんも盃が進んだのだろう。そういえば、拙HPの去年9月の表紙は[夢八]店内の写真を使わせてもらったのだけれども、或る人物がカウンター前に座って酒盃を傾けている。HP表紙の写真に人物が登場するのは異例のこと。それほど居心地の良い空間であったということである。 酔流亭が書く日記に対して、ご店主からメールを何度かいただいたことがある。広く世間を知っている方らしい適切なコメントで、褒めていただいたときは嬉しかった。このことも感謝している。 ゆっくり休養をとられてから、また何らかの形で蕎麦の世界に関わっていただきたいと思う。 #
by suiryutei
| 2005-07-03 17:08
| 酒・蕎麦・食関係
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『靖国問題』(高橋哲哉著 ちくま新書)という本が売れているらしい。数日前の新聞広告に「24万部突破」とあった。今年4月刊行だから、このテの"固い”テーマを扱った本としては異例の売れ行きだろう。それだけ人々の関心が高まっているのである。 そのこと自体はいいことだ。小泉総理がよく言う「外国から言われて決めることではない」というのは、当人が考えているのとは反対の意味において、そのとおりだからだ。まことに、外国から言われる前に、私たち日本人がよく考えておかねばらなかったことであった。そして、私たち自らの決断として靖国神社は廃止しておくべき存在だったのである。 その本『靖国問題』の「おわりに」の章に、石橋湛山が書いた『靖国神社廃止の儀 難きを忍んで敢えて提言す』という文章の一部が紹介されている。 知られているように、石橋湛山は戦前・戦中はジャーナリストとして軍国主義・植民地主義批判の論陣を張り、戦後は政界入りして自由民主党の総裁から総理大臣になった人物。『靖国廃止の儀』が書かれたのは、敗戦直後の1945年10月。もちろんA級戦犯は合祀されているどころか、まだ生きている。そもそも東京裁判だって、まだ始まっていない。 湛山はまず、戦没将兵を「永く護国の英雄として崇敬し、其の武功を讃える事は我が国の国際的立場に於いて許さるべきや否や」と問い、「万一にも連合国から干渉を受け、祭礼を中止しなければならぬが如き事態を発生したら、却って戦没者に屈辱を与え、国家の蒙る不面目と不利益とは絶大であろう」とする。 しかし、このような国際関係上の考慮だけが問題なのではない。湛山は続ける。 「又右の如き国際的考慮は別にしても、靖国神社は存続すべきものなりや否や。・・然るに今、其の大東亜戦争は万代に拭う能わざる汚辱の戦争として、国家を殆ど亡国の危機に導き・・・遺憾ながら其等の戦争に身命を奉げた人々に対しても、之を祭って最早『靖国』とは称し難きに至った。・・今後、此の神社が存続する場合、後代の我が国民は如何なる感想を抱いて、其の前に立つであろう。ただ汚辱と怨恨との記念として永く陰惨の跡を留むるのではないか。若しそうとすれば、之れは我が国家の将来の為めに計りて、断じて歓迎すべき事ではない」。 そして湛山自身が次男をマーシャル諸島で戦死させている戦没遺族である。 「・・・記者は戦没者の遺族の心情を察し、或は戦没者の立場に於いて考えても、斯かる怨みを蔵する神として祭られることは決して望む所でないと判断する」。 靖国問題をA級戦犯合祀だけの問題とし、したがって「分祀」で決着を図ろうとするのは問題の矮小化だろう。また東京裁判と結びつけて論じるのは、全くの誤解に他ならない。この神社が人々を戦争に動員する装置として機能してきたこと、これからもそう機能していくことが問題なのだ。 なお、『靖国問題』は、酔流亭も買って読んでみたが、論点がよく整理された好著である。一読を薦めたい。 #
by suiryutei
| 2005-07-02 11:36
| ニュース・評論
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