|
新人事制度 大阪での報告①~③
記事ランキング
最新の記事
タグ
労働(124)
最新のコメント
カテゴリ
最新のトラックバック
以前の記事
2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 more... ブログジャンル
画像一覧
検索
|
■2004/05/09 (日) 16:32:54 我が家の黄金週間は明後日から 泊まり勤務明けで帰宅すると、この日記が表示されなかった。朝食をとり一眠りしている間に正常に戻ったらしい。この頃、時々こういうことがある。 3時間ほど眠った。夜の出勤は7時半ごろ家を出ればよいのだから、時間は充分あるのだけれど、昼の睡眠は持続しない。いつも3時間前後で眼が醒めてしまう。世間様は土・日だっていうのにな~。でも今晩を乗り切れば明後日から有給休暇が始まる。我が家のゴールデンウィークはこれからだい。 昨日の日記の補足。 石橋湛山の小日本主義については、岩波文庫から出ている『石橋湛山評論集』所収の論文『一切を捨つるの覚悟』(94ページ)でその思想が知られる。『東洋経済新報』大正10年7月23日号の社説である。ここで捨てろといっている一切とは当時の日本が持っていた植民地の全て。この主張は翌週以降の社説『大日本主義の幻想』でいっそう詳しく展開される。「朝鮮・樺太・台湾も捨てる覚悟をしろ、支那やシベリヤに対する干渉は、勿論やめろ・・・」。 それから、色川さんのお話から引いた「このままいければ世界の模範になれたのに・・」というのは、今の日本を理想化して言っているのではなく、その方向を徹底していけばそうなる可能性があったということである。言うまでも無く、その方向に進むのを曲げようとする風圧が強まっていることが問題なのである。現状肯定だと誤解されないように。 #
by suiryutei
| 2004-05-09 13:07
| 文学・書評
|
Comments(0)
■2004/05/08 (土) 10:57:13 小日本主義 5日のテレビでの色川さんのお話で新鮮だったのは、「世界中を歩いていますが、日本ほど豊かな国は無い。このまま進んでいければ世界の模範になれた」と語っていらしたことだ。「そうなったのはここ30年ばかりのことで、それまでは泣きの涙でやってきた」とも付け加えていたが。 これが新鮮だというのは、我が国の左翼的歴史家は「日本の近現代の悲惨さばかり強調する」「自虐史観だ」と非難されることが多いからである。また実際、自分達の置かれている状態の悲惨さを強調しなければ闘いは組めないと思い込んでいる左翼活動家は少なくないようだ。 だが、戦後で言えば、軍事にあまり金を使わずに福祉にある程度まわすことができたし、そうして達成された経済成長はそれ自体は悪いことではない。「人民の生活向上」を目指したはずの社会主義国が冷戦下で軍拡競争に体力を使い果たして崩壊してしまったことと好対照だろう。かつて戦前に石橋湛山が唱えた『小日本主義』が、理想的な形ではないにせよ、まがりなりにも実現したのが戦後日本だと言えなくは無いのではないか。 そうなったのは、戦争に対する反省としての憲法9条が軍事大国化への道を封じてきたことがあるし、国際環境に助けられた面もある。たとえば中国が社会主義化したことが戦後のアメリカのアジアへの主要な投資を日本に向わせ、しかもそれは植民地収奪型ではなく経済成長を促すものになった。 問題は、そのあゆみが必ずしも内発的なもの、自ら主体的に選択したものとは言えないことだ。憲法9条にしても戦争への反省が本物ではないから「押しつけられた」という被害者意識がすぐ顔を出す。おしつけられたことより反省の欠如こそが問題なのだが。 『月刊現代』今月号の座談会で佐高信氏が「石橋湛山か石原莞爾かとなったとき、多くが石原莞爾に軍配をあげるという馬鹿げた状況」を嘆いている。はからずも実現しかかった小日本主義の内実をいかに作りだしていくか、酔流亭も考えていきたいところである。 #
by suiryutei
| 2004-05-08 13:08
| ニュース・評論
|
Comments(0)
■2004/05/07 (金) 18:27:12 カレー丼 八戸の蕎麦屋[番丁庵]のご主人からメールをいただいた。HPの今月の表紙に[番丁庵]の写真を使わせてもらったことと、こんどupした『北東北桜紀行』という文章の最後に[番丁庵]が登場することをお伝えしたら、その返事をくださったのである。ご主人はわれわれ夫婦のHPを両方とも丁寧に見てくださったようで、写真が上手だと褒められて女房は大喜びしている。 この[番丁庵]には品書きに「池波正太郎が愛した味」としてカレー丼なる一品もあった。たしかに、信州上田の[刀屋]でカレー南蛮の汁をご飯にかけてくれと所望して「そんなふうにして、美味しいんですか?」と店の人を驚かせる場面が池波さんのエッセイにあったし、行きつけだった神田[まつや]にもカレー丼が品書きにある。[番丁庵]のご主人は池波正太郎の愛読者であるらしい。 そこで、今日の酔流亭の行動だが、カレー丼のことを考えたらむしょうにカレーが食べたくなってきた。深夜勤明けだったから[まつや]に寄ってカレー丼を食べてもよかったのだけれど、あの店に行けば午前中からでも酒が欲しくなってしまう。そこでちょっと堪えて、喫茶[ミロンガ]でタンゴを聴いてから駿河台下の[エチオピア]という店でビーフカレーを食べて帰宅した。 数日前から我が家の庭の石楠花が花を開き始めた。例年より早いようだ。「これから紫陽花がいいよねえ、鎌倉なんか」と今、横で女房の声がした。 どうも食べもののことばかり書いてきたので、とってつけたように花の話。 #
by suiryutei
| 2004-05-07 13:09
| 酒・蕎麦・食関係
|
Comments(0)
■2004/05/06 (木) 12:07:18 「百年の孤独」? さっき日記を出そうとしたらエラー状態で表示されない。女房がいろいろやってみてくれて、やっと出てきた。原因はよくわからないようだ。 今日で連休が明けたようでもあり、しかし明後日が土曜だからまだ続いているようでもある。なんだか中途半端だ。酔流亭は今日は泊まり勤務。夜7時半過ぎに家を出ればよいので日中はノンビリ過ごせる。 昨日のお昼は地元の[金寿司]。連休中は仕事帰りに一杯やろうにも都心では店がほとんど開いていないから小遣いを使わないですんだし、HPの更新作業を女房に助けてもらうので、酔流亭がおごった。握りを一人前ずつ。酔流亭だけビール1本。すると金寿司ジュニアがグラスに氷を浮かべた琥珀色の液体を出してくれた。上等のウイスキーみたいな味わいだが麦焼酎で「百年の孤独」という銘柄だという。 その銘柄は聞いたことがある。ずいぶん文学的な名をつけたもんだと思っていた。飲んだのは初めてで、たしかに美味しい。金寿司ジュニアさま、ご馳走様でした。次回、夜行くときまで、まだ残っているかな? 昨日放送された色川大吉さんの出たテレビのビデオを女房にも見せたら、「80歳近いのに、こんな素敵な方がいるんだあ」と驚いている。「あなたもこういうふうにならなくちゃダメよ」「はいはい」 今日、「フオーラム色川」から郵便が届いて、その色川さんが7月24日に開かれるシンポジウムに参加されるとのこと。国分寺Lホールにて。お弟子さんが今年出版した本の刊行記念シンポジウムだそうだ。 「あら、私もそれに行ってみたい」と女房は乗り気である。 #
by suiryutei
| 2004-05-06 13:10
| 酒・蕎麦・食関係
|
Comments(0)
■2004/05/05 (水) 18:40:35 テレビの色川大吉さん 今日は勤務は休みだが、早起きして6時半にテレビの前に座った。NHK『ホリデー・インタビュー』に色川大吉さんが出演したからだ。 戦争末期、20歳の色川さんは学徒動員されて三重県の島にある海軍の特攻隊基地に少尉候補生として配属される。その島を再訪した色川さんが海岸でインタビューを受けるという形の番組だった。その基地でのこと、復員してからの民衆史研究にかけた思いなど、とても良い話だった。 今年78歳になられるが、お元気そうだった。というより若々しい。話していると青年のような表情が浮かんでくる。いま酔流亭は月に一度の「色川大吉を読む」読書会に参加している。終わってからの懇親会で色川教授の謦咳に接したことのある女性参加者が「色川さんって本当に素敵な方なんです」と話すのを何度も聞いているが、なるほどそうだろうなあと思う。 酔流亭は色川さんの話をナマで聴いたことはまだ二度しかない。一度目は30年近く前、大学を中退する直前に何かの市民講座で。二度目は去年、中野サンプラザでの講演だ。この中野がキッカケで色川さんのお弟子さん達の読書会に混ぜてもらうことになった。 話は変わって、今日またHPを更新した。先月の北東北への旅行の報告を「手賀沼の畔より」のコーナーにupしたのである。しかし角館と弘前の桜の美しさは酔流亭の拙い文章ではとても伝わらないから、花まきさんのHPに載っている写真も合わせて見ていただきたいと思う。 それから、今月から表紙の壁紙の色を変えてみたのですが、これ、どうでしょう? 前とどっちがいいですか? #
by suiryutei
| 2004-05-05 13:11
| 文学・書評
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||