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新人事制度 大阪での報告①~③
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■2003/09/23 (火) 22:02:51 お彼岸。天気も良し。ということで、所沢に墓参りに行った。そのあと浦和に出て、「土合やぶ」という蕎麦屋へ。ここ、先週の朝日新聞土曜版の「スローな店」というコーナーに紹介されたところ。 浦和駅から旧中仙道を歩いて10数分、郊外の住宅地に店はあった。静かで落ち着く。玉子焼き、こんにゃく刺身は今まで食べた中で最高かもしれない。蕎麦はものすごく細い。そうめんみたい。もり、かけを両方たのんで例によって女房と分けて食す。かけのほうが気に入った。ゆっくりできるお店である。 店を出て、また歩いて駅に戻ったのだけれど、途中、いかにも旧街道沿いらしい古い構えのお茶を売る店があり、その裏に納屋を改造した喫茶店があった。納屋は明治に建てられたものとか。二階がギャラリーになっている。ここ、とてもよかった。浦和って、なかなか奥の深い街である。 #
by suiryutei
| 2003-09-23 14:16
| 酒・蕎麦・食関係
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■2003/09/22 (月) 13:59:59 上野界隈 20代・30代の頃はよくトンカツを食べた。ステーキなんかより安価で、しかも「ああ、肉を食ったぞ」という満足感を得られる。もともと洋モノながらご飯にも味噌汁にもよく合う。若者にとってこれほどありがたい食べものはない。 40をすぎて、卒業したと思った。元来が肉より魚が好きなほうだし、とんかつ屋でご飯をかっこむより、小料理屋か蕎麦屋で杯を傾けるほうがよくなっていった。 ところが、だ。最近になって無性にまたトンカツが欲しくなることがあるのである。五郎八のせいだ。あすこの勝おろし蕎麦に出会ってから忘れていた何かに火がついてしまった(五郎八の勝おろし蕎麦はこのHPの今月の扉に写真が載っています)。 で、今日は泊まり勤務明けで御徒町に途中下車してとんかつ屋を捜してみる。でも、ちょっと時間が早かったみたい。11時過ぎたばかりで、まだノレンを出している店は見当たらない。そうだよね。普通、午前11時ごろから腹を空かせて「トンカツ喰いてぇ」と考える奴はいないよね。結局、上野駅の構内の「駅の定食屋・ちゃぶせん」というところでロースカツ定食を食すことに。値段が値段だから味のことは言わない。なかなか繁盛していた。 こんど五郎八に行ったらトンカツだけ単品で出してもらって生ビールをグビグビといきたいなあ。 リンク仲間のルシアさんがもの凄い勢いでショートストーリーを発表している。新作の鹿の話は酔流亭も多少身につまされるところがあって面白かった。昨夜ルシアさんと顔を会わせたのだけれど、そのときはまだ新作を読んでいなかった。 #
by suiryutei
| 2003-09-22 14:17
| 酒・蕎麦・食関係
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■2003/09/21 (日) 11:40:42 日曜の朝は・・・ 日曜の朝はどんなに遅くても7時半には目を覚ますことにしている。TVの『遠くへ行きたい』があるからだ。ところが、この途中、7時45分からNHKで『自然なんとか(正確な題名を忘れてしまった)』という15分番組があるのである。こちらも映像がきれいなので見逃しがたい。ビデオをとっておけばよいようなものだが、あれらの番組は日曜朝のあの時間に視てこそ気分が出る。 というわけで、一週間の始まる朝というのは酔流亭にとっては煩悶の時間なのである。今朝は『遠くへ・・』は尾道あたり、NHKは九州の球磨川だ。どちらも捨てがたい。結局、『遠くへ・・』を前半だけ視て、あとはNHKへ。NHKでは続いて8時からの『小さな旅』もたのしみ。今朝は南アルプスの山小屋だった。この二つの番組の前身は『自然のアルバム』と『新日本紀行』だろう。少年時代の酔流亭はどちらも好きだったんです。 9時からのNHK教育『新日曜美術館』は画家・池田遥邨。晩年、山頭火をテーマにした絵をたくさん画いた人だという。山頭火に対しては破滅的な人生というイメージを酔流亭などはちょっと抱いていたが、必ずしもそうではなかったようだ。遥邨の画の中の山頭火は明るくてなかなか素敵であった。 かくて日曜の朝はなかなかTVの前から離れられない。女房は「酔流亭さんって、本当にNHKが好きね」と呆れている。 #
by suiryutei
| 2003-09-21 14:17
| 映画・TV
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■2003/09/20 (土) 08:53:15 街道沿いの酒屋 給料が出た直後の休日に我が家でまずやることは酒、ビールの類を買い込むことである。昨日は成田街道(国道356号)の新木と布佐の間あたりにあるロックスに初めて行ってみた。 最近はどこの酒屋の棚も日本酒の占有率が下がってきているようだ。かわって焼酎、ワインが増えている。しかし、ここはなかなか日本酒に力を入れている。もっとも、こんな農村地帯ではワインは売れないよね。 「国士無双」「銀盤・播州50」のどちらも純米を購入。このころは2000円ちょっとくらいでなかなかの銘柄の純米酒が手に入るようになった。酔流亭が酒を飲み始めた30年前に比べると日本酒の品質はかなり上がっている。それでも業界全体の退潮傾向には歯止めがかからない。せめて酔流亭がたくさん飲んで応援するぞ。 これから出勤します。 #
by suiryutei
| 2003-09-20 14:18
| 酒・蕎麦・食関係
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■2003/09/19 (金) 09:47:28 子規の命日 正岡子規が死んだのは明治35年、数えで36歳の若さだった。死因は当時多くの人の命を奪った結核である。亡くなる年の5月から新聞『日本』に随筆『病床六尺』(床の字が違うのだけれど出せない)を毎日書き続け、9月17日が絶筆、2日後に世を去った。今日19日が命日ということになる。 随筆連載中、新聞が病状を心配して休載の日をつくったことがあった。子規は訴える。 「僕ノ今日ノ生命ハ病床六尺ニアルノデス。・・・今朝新聞ヲ見タ時ノ苦シサ。病床六尺ガ無イノデ泣キ出シマシタ。若シ出来ルナラ少シデモ(半分デモ)載セテ戴ケタラ命ガ助カリマス」。 志も才能もありながら病魔におかされ身動きできぬ子規にとって、書くことだけが生きるということだったのだろう。こういう文章に接すると粛然たる思いにうたれる。 それにしても闘病中の痛みは凄まじいものだったらしい。9月17日、新聞連載はつぎの一首を最後に絶たれるのである。 俳病の夢みるならんほととぎす拷問などに誰がかけたか #
by suiryutei
| 2003-09-19 14:19
| 文学・書評
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