新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日の更新記事で触れた『日本資本主義論争史論』(対馬忠行著)をどうにか読了した。印象が薄れないうちにメモを書きつけておきたい。 この本の刊行は2014年だが、著者の論考そのものは戦後まもない1947年に書かれ、48年に出版されている。対象となっている日本資本主義論争が行なわれたのは、著者は序論でその時期を1927年から37年にかけての10年ほどとしているが、『日本資本主義発達史講座』が刊行されたのが1932年5月から翌33年8月にかけてであり、論争の一方の陣営である講座派の名称はもちろんこの講座から来ている。論争が一番活発だったのはこの時期だろう。 著者の対馬忠行は1901年の生まれだから(1979年没)、『発達史講座』執筆者中の服部之総(1901年生)や羽仁五郎(1902年生)と同世代である。しかし対馬は論争に強い関心を持ち注視していたけれども論争そのものには参加していない。また彼の見解は講座派ではなく、もう一方の陣営である労農派に近いことを本書中にも再三言明している。講座派の中でも中心にいた山田盛太郎と平野義太郎の論を誤謬として反駁することが本書執筆の一番の動機であることも。 ごく近くで論争を観察していた人の筆によるのだから当然だろう。論争当事者たちからの引用・紹介が多くちりばめられている。意地悪く言えば、人のフンドシで相撲をとっているようなきらいがなくはない。しかし、この論争に不案内な酔流亭のような者にとってはこれがかえってありがたいのである。講座派の野呂栄太郎・山田・平野、あるいは労農派(およびそれに近いと目された)猪俣津南雄・向坂逸郎・櫛田民蔵の文章を、部分的とはいえいろいろ読むことができたのだから。それぞれの文体の癖のようなものまで覗われる。そういう点でもおおいに勉強になった。 ![]()
これほどの理論家たちでさえ、当時は用語がかならずしも厳密に定義されて使われていたわけではなかったようだ。たとえば封建制下の農民と一口で言っても、奴隷制から抜け出たばかりの農奴と、江戸時代の本百姓のように土地の占有権(私有権ではない!)を強めて行った自営農民とではそのあり方(働き方・搾取されかた)はずいぶん違うであろう。ところが封建制下の農民をすべて農奴と一括して呼んでいたりする。なにしろ優秀な論者たちだから、両者の実態の違いはわかっているのである。そのため論争になるとかえって混乱した面もあったように思われる。 また、講座派と労農派の根本的な違いとして、前者の二段階革命論(ブルジョア民主主義革命→社会主義革命)と後者の一段階革命論(当面する革命は社会主義革命)の違いがあるとはよく知られている。しかし、労農派の猪俣津南雄の一段階革命構想はその一段階の中に「第一歩」と「第二歩」とが分かたれているのである。すると一段階といい二段階といっても、違いはじつはそれほど大きくはないのではないか。同じ対象(当時の日本社会)を同じ方法(マルクス主義)で分析しようとしたのだから、違いが大きなものではないのは当たり前だが。 ただ、細かいところまであれだけ喧々諤々とやったからこそ、両派とも理論が磨かれ分析が鋭くなっていったはずである。このごろは左翼を自称する人たちの間でも日本資本主義論争はあまり顧みられない。とはいえ、いまだに前近代的な働かされ方が残る日本の労働社会の分析に、日本社会の封建性にこだわり続けた講座派の視角などはなお生命力を持っているような気がする。本書の著者は講座派をこきおろしているけれどね。 ※関連する過去ログを一つ貼り付けて起きます。
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by suiryutei
| 2019-10-24 08:38
| 文学・書評
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昨日は雨と風の音で目を覚ましたのだけれど、今朝は静かであったのに2時半過ぎに目が覚めてしまった。今朝というより夜中ですね。カーテンをめくって外を眺めると雲が切れている。日中の快晴が予感された。 眠りに戻れそうな気がしなかったので、寝床から出てFMラジオを点ける。イヴ・モンタンのあの名曲『枯葉』が流れてきた。 番組はNHK『ラジオ深夜便』である。曲が終わってからアナウンサーのナレーションで、この日、午前2時台はシャンソンを特集していたと知った。その最後にかかったのが『枯葉』というわけだ。ならば、もうすこし早くラジオを点ければよかった。深夜にラジオから流れるシャンソンって、ちょっといいじゃないですか。 枯葉の季節が近づいてきたけれども、今年は台風がすでに葉をあらかた散らしてしまった。我が家の近くの公園の桜なんて坊主になっている。桜の紅葉はあまり楽しめそうにない。 ラジオの3時台は「日本の歌」ということで、民謡の金澤明子を特集していた。その歌声を聴くともなく聴きながら、机の上においてあった『日本資本主義論争史論』(対馬忠行)を開く。先週、柏の図書館に行ったとき目に留まって借りてきた本だ。著者の名は服部之総著作集の中で目にしたことがあるので、名前だけは知っていた。すなわち服部と同世代のマルクス主義者である(19001-1979)。読後感はいずれここに書くかもしれない。 このとき借りてきたのはもう一冊あって、『経済の時代の終焉』(井手英策)。こちらの著者は1972年生まれというから若手の研究者だ(現在、慶應義塾大学経済学部教授)。福祉国家を志向しているようである。 それはさておき、昨夜の酒の友は、丹波の枝豆とともに北海道で獲れた鰤(ぶり)であった。塩焼きで。 日本社会は鮭(さけ)文化圏と鰤(ぶり)文化圏とに分かたれていて、前者(サケ)は北海道・東北・関東、それより西ないし南は後者(ブリ)と思っていた。ところが、最近、北海道で鮭の豊漁が続いているのだという。その豊漁のせいか、マーケットの売り場では北海道産の天然ブリの値段が、他の地方産の養殖ブリよりも安いくらいであった。 北海道でブリが獲れだした原因は海流の変化らしい。この場合は吉と出ているわけだが、ことし北の海はサンマが全然やってこない。酔流亭もこの秋はまだ一度もサンマを食べていない。何にしろ自然が相手の漁業者は苦労が多いことだろう。 昨夜飲んだ銘柄はいつものように[萬歳楽]である。北陸(石川県)の酒。北陸は鰤文化圏の北端であろうな。 なお酒名に「萬歳」が入っているので特に一言。酔流亭は萬歳(バンザイ)は嫌いだ。昨日の天皇式典で安倍首相が音頭をとってバンザイしているのを視て、連れ合いは「天皇陛下バンザイと言わされて死んでいった兵隊たち」を連想して嫌な気がしたという。酔流亭も同感だ。 金木犀は散りモードに入り、庭の隅では石蕗(つわぶき)が花をほころばせ始めた。秋が深まってきた。
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by suiryutei
| 2019-10-23 09:16
| 身辺雑記・自然
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今朝も雨、それに強い風が窓をうつ音で目が覚めた。しかし今の時間(朝9時過ぎ)、雨はだいぶ小降りになってきた。 今年の10月は本当に雨が多い。 さて朝刊のTV番組表を見てゲンナリする。NHKはじめ、どこの局も一日じゅう天皇番組ばっかりではないか。 NHKは普段8時からの朝ドラの放送を15分くりあげ7時45分ー8時00分とし、8時からは延々と天皇特番である。15分短縮され7時45分までだった7時台のニュースがまた、一般ニュースは最初の10分間だけで、7時10分からは天皇夫婦が数年前福島県を訪問したときの映像を流したり、天皇特番の先取りみたいな内容。 その間にも、画面の上のほうには大雨洪水警報なんかがあちこちで出ているというテロップが流れる。そういう状況なら本来のニュースをちゃんとやれよと言いたい。 お隣の国を「金王朝」とか揶揄するけれども、こういう日本社会だって相当な王朝社会である。今年生誕100年の加藤周一(2008年死去)が生前、7月14日を論じて、この日はフランス革命の記念日であり現にフランスでは革命記念日と呼ばれているのに、日本ではほとんどの人がそうは呼ばず「巴里祭」で通っているのは日本では王党派が多数派だからだ、と書いていた。その加藤の皮肉が身にしみる今朝だ。 ところで目を覚ましたとき、ふと思ったのは、今日が10月22日ということは昨日は21日で、つまり10.21だ、国際反戦デーであったな、ということだ。10代後半からデモに行くようになって何年かは、10月21日はデモに行く日だと頭にこびりついていた。雨のなかデモをしたことも何度かあったので、それで雨の音を聴いて昨日が10.21だったことに思いが至ったのかもしれない。 10月21日にデモに行かなくなって、もう随分たつ。今でもデモを続けている人たちもいるのだろう。シジフォスさんの今日の更新記事によれば、長崎では昨夜、約300人が集まってデモをしたという。 10.21のほか天皇即位や五輪や自衛隊中東派遣について今日のシジフォスさんの記事内容は同感するところが多いので、久しぶりに貼り付けさせてもらう。 #
by suiryutei
| 2019-10-22 09:05
| ニュース・評論
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昨日の日曜、午前のうちはまだ雲が多かったが、午後からは青空が拡がった。 近くの公園で、我孫子市の「産業まつり」が開かれるというので、昼食のあと散歩がてら出かけていく。 じつは昨日は、都内の亀戸公園では「団結祭り」が開催されており、日ごろ集会やデモで顔を合わせる人たちはそちらに集っていたことだろう。ただ、昨日の酔流亭としては地元でノンビリしたい気分であった。 台風が続き、その後も雨がかなり降って、足元の芝生はまだいくらか泥濘んでいたけれど、昨日に限っては青空である。公園には大勢の人が集まっていた。トンボがたくさん飛んでいる。そうして蝉がまだ鳴いていた。もう弱々しい鳴き音であったけれど。 屋台も並ぶ。鯛焼き、綿あめ、かき氷、焼きそば・・・。生ビールがすでに売り切れている屋台もあった。蝉が鳴くほどの気温だったからね。 売り切れといえば、ちょっと狙っていたのがイカ焼きの屋台。ところが、お昼どきを過ぎていたからだろう、これも売り切れ。 結局、一袋300円のミカンを買い、一本100円のヤキトリを5本買った。夜はラグビー準々決勝、南アフリカー日本の試合を見ながら、このヤキトリで一杯やった。 まずは穏やかな秋の一日ではあった。台風が二つ発生していて、この先の天気予報は傘マーク曇マークが続く。昨日の晴れは貴重だったのだろう。 #
by suiryutei
| 2019-10-21 08:59
| 身辺雑記・自然
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何度も書いてきたと思うが、酔流亭が暮らす千葉県、それも特に北西部は名だたる枝豆の産地である。しかし地元の枝豆は、もう季節が終わってしまった。たしか今月8日、主に地元産の農作物を扱う店舗が「今年最後の枝豆」と書かれた札を売り場に立てていた。その日が地元から出荷される最終日であったのだろう。 多くの人命が失われているのに不謹慎なことを書く気がするけれど、台風19号の通過が枝豆を獲り尽くした後であったのはせめて不幸中の幸いであった。 しかしその店舗が扱うのは「主に地元産」なのであって、「地元産だけ」なのではない。というのは、今は丹波産の枝豆が店に出ているのである。そうして、これがまた美味しいのですね。 豆一つ一つが、普段食べてきた枝豆よりも大きくて丸っこい。丹波は黒豆も有名だ。なるほど正月が来れば、おせちに欠かせないあの黒豆に化けるのであろう。 昨夜はそんなふうに、枝豆をつまみながら、まずビールそれから清酒へと進んでいった。日本シリーズの実況放送にはまだ時間が早くて、TVはTBS『報道特集』を視ていた。 台風19号で千葉県以上の被害を出している福島県。除染作業で出た汚染土を詰めたフレコンパックが洪水によって流出したという。 3.11の原発事故以後、酔流亭も何度か福島県に行っている。あれだけ大量のフレコンパックが野積みされておれば・・・と今にして思う。小泉環境大臣は台風通過後すぐの15日、「環境に影響はない」と断言しているけれど、『報道特集』の金平茂紀キャスターが疑問を呈したとおり、十分な調査・検証もへず、そうあっさり断言できるものだろうか。 あと酔流亭に疑問なのは、この問題についての大手メディアの報道姿勢だ。朝7時台のNHKニュースはほぼ欠かさず視ているのに、昨夜の民放『報道特集』を視るまで酔流亭はこの事態を知らなかった。自分の迂闊も反省しますけれど。 いまネットで調べてみたら、これを伝えるNHKのネット記事は出てきたから、全く報道していないわけではない。しかし、あまり熱心に追ってもいないのではないか。朝日新聞の報道だってそうだ。 世の中がいよいよおかしくなってきているのが、災害を通じても窺える。天災と人災は絡み合ってやってくる。 #
by suiryutei
| 2019-10-20 09:05
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昨日は午前のうちに買い物に行った。行った先は国道6号沿いにあるイトーヨーカドーである。 途中、利根川の河川敷が見渡せるところで眺めると、台風通過直後は国道の淵まで来ていた水は引いていた。しかし稲刈りを終えたあとの田んぼは一部まだ大きな水たまりになっている。 さて、この日の買い物の狙いは北海道産のお米「ゆめぴりか」の新米である。2~3日前に朝刊に折り込まれていた広告チラシに18日に限って販売と書かれていたのである。米の銘柄についての好みはそれぞれだろうが、我が家では「ゆめぴりか」を好んでいる。ちょっと前まで、北海道では良い米が獲れないと言われていた。米が育つには寒すぎるから。ところが、近年、品種改良の積み重ねと、いっぽう温暖化が相まって、いまや北海道の米は旨いのである。逆に、従来の米どころにとってこのごろの酷暑は気温が高すぎるようになってきたらしい。 <新米>のシールが貼られた「ゆめぴりか」5㎏入りの袋を食品売り場において無事に買うことができた。 夜は昨日のブログで告知したようにメトロコマースとユナイテッドの争議解決を目指す合同デモが上野で行なわれた。約300人が参加。レイバーネットがさっそく記事にしているので貼り付けます。 天気予報では雨が午後からは本降りになるとのことだった。酔流亭も覚悟してビニールの雨合羽をリュックの中に入れておいた。しかしデモ出発の7時、天気はギリギリもっている。上のレイバーネット記事にあるように、御徒町~上野界隈を元気にデモした。朝鮮・韓国の料理店が並ぶ通りでは漂う香りの美味しそうなこと! そうして解散地点の上野公園内不忍池畔に近づいた頃ようやく雨がザアザアと落ちてくる。 デモに雨というと、思い出すのは4年前の秋、朝日新聞【歌壇】で見かけた、この歌だ。 デモ終えし帽子を風に干しおれば赤のまんまが揺れやまぬなり 4年前といえば2015年で、その年の秋は「戦争法」(集団的自衛権の解釈変更)をめぐってデモが連日国会を取り巻いた。そして、その年の秋も雨が多かった。上掲の歌を詠んだ人もデモから帰って雨に濡れた帽子を乾かす日が続いたのだろう。赤まんまが出てくる中野重治の詩『花』をおそらく頭に置いて詠んだのであろうと思う。 酔流亭は昨日はHOWS(本郷文化フォーラムワーカーズスクール)の旗を持ってデモに参加したから、被っていた帽子も濡れたし旗も濡れた。今その旗は我が家に置いてある。明後日、HOWSの事務所に返しに行くつもり。 明日は晴れそうだから、旗を干して乾かそう。 #
by suiryutei
| 2019-10-19 09:34
| 身辺雑記・自然
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雨の多い10月だ。今朝も雨の音で目が覚めた。我が家のあたり、今は上がっているけれど、首都圏は午後は本降りになりそう。 非正規格差と闘うメトロコマース、不当解雇と闘うユナイテッド闘争団。この二つの合同デモが今夜上野で行なわれる。 集会とデモのあいだ、雨がやんでいてくれればいいのだけれど。しかし、降っていても参加します。 詳しくは下に貼り付けたサイトを。 #
by suiryutei
| 2019-10-18 08:40
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いま開催中のラグビーのワールドカップ日本大会については、その招致に強力に動いたのがあの森喜朗氏だという話を前に耳にしたことがあるので、あんまり良い印象を持っていない。日本が予選リーグでアイルランドやスコットランドといった伝統国を破って決勝トーナメントに進んだのは立派。しかしスコットランド戦のあと「年間の合宿日数が240日」なんて聞いたときはいささかゲンナリもした。 とはいえ、その日本ースコットランド戦をTVで視て、なかなか熱が入ったのも事実である。ラグビーというスポーツそのものは、魅力があると思った。ボールを持って相手方陣営に突進していく、そのがむしゃらさが爽快だ。あんなに取っ組み合って、よく乱闘が起きないなと感心するのだが、手を絶対に使えないサッカーと違って、試合そのものが乱闘みたいなものだから、その中で力を出し切れば遺恨はかえって残らないのかもしれない。 そのサッカーといえば、酔流亭が少年だった頃、学校で一番人気のスポーツといえば、これだった。中学二年生だった1968年はメキシコオリンピックのあった年で、このとき日本男子サッカーは銅メダルを獲っている。サッカー人気が一番高まったのがこの頃ではなかったろうか。我が校でもサッカー部員たちは肩で風切るようにしていたものだ。いっぽう、ラグビーは同好会はあったけれども正式のクラブではなかったように記憶する。 なぜラグビーに限って同好会であってクラブではなかったのか、その理由はわからない。あるいは、競技そのものが乱闘みたいな激しさであることが関係していたのであろうか。 なお酔流亭は中学一年から高校一年までは水泳部に所属し、高校二年から卒業までの二年間は社会部にいた。 ところでラグビーの話題だと思い出す人がいる。ずっと前、神田の蕎麦屋[まつや]でたまたま相席になったWさんである。お互い、手酌で清酒を飲みながら、ひと言ふた言、言葉を交わすうち、なんとなく気が合った。そのころ酔流亭は週に一度は[まつや]で飲んでいたし、Wさんはその時期はそれ以上の頻度だったようである。それで、待ち合わせたわけではないのに相席になることが二度三度とあった。酔流亭は白い徳利を燗でもらう。Wさんは燗は好まず、常温で飲んでいた。 Wさんは年齢は酔流亭より一回りほど上だった。ラグビー観戦が好きで、ことに明大ラグビーを愛しておられた。Wさんも明大のOBである。そのころ明大ラグビーは北島監督のもと学生選手権では無敗を誇っていた。 Wさんは[まつや]を終生愛していたが、おそらく仕事の都合があって、一時期ほどの頻度では寄れなくなったようである。[まつや]で相席することはじきになくなった。でも年賀状のやりとりはずっと続いた。詩歌では若山牧水が好きで、 足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちをる という牧水の歌を、これは年賀状ではなく、もう少し長い手紙の中に書き写してきてくださったことがある。そんなふうに、[まつや]で顔を合わせることはなくなっても時おり文通があった。 さきほど「終生」と書いたのは、Wさんはすでに故人だからだ。今の酔流亭くらいの年齢のとき亡くなられた。つまり60代なかばくらいだったろう。病死だった。 今も[まつや]で飲んでいるとき、自宅の台所に足をしのばせて夜中に独り酒をやるとき、Wさんのことを思い出す。そしてラグビーW杯のTV中継を視ているときも。 #
by suiryutei
| 2019-10-17 09:29
| スポーツ
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昨夜は郵便の運動仲間との会合があった。数年前から、月に一度の割合で集まっている。これまでは神田駅前の喫茶店で集まっていたのだが、多いときは10人くらいの集まりになり、予約は受け付けない店なのでみんなが一緒に座れる座席を確保するのが難しくなってきた。そこで昨夜は初めての試みとして郵政共同センター(『伝送便』事務所)で集まった。JRの駅からちょっと離れている(秋葉原駅からも御徒町駅からも10分近く歩く)ので、今まで使うのを躊躇っていたのだが、考えてみれば、ここは私たちの城なのである。 冒頭、以下のような「提起」を行なった。 ○かんぽ・ゆうちょ不正のその後の展開 7月30日の会社発表では、かんぽについて不正の疑いがある契約は過去5年間に約18万3000件とされた。9月30日発表の中間報告では、そのうち約4割について調査が行なわれ、法令違反が疑われる契約が約1400件、社内規定違反の疑いを含めると約6300件である。約2万6000人が契約を元に戻してほしいと求めている。 まだ対象の4割だけで、6割が未調査だし、調査のやり方自体がずさんとの指摘がある。たとえば相手は高齢で耳の遠い人もいるのに、電話で話がうまく通じないと「対話拒否」で処理してしまうとか。また、そもそも18万3000件では済まないだろうという声も。 いっぽう、ゆうちょでも70歳以上への投資信託販売で1万9591件の社内規定違反(9月13日発表)。ゆうちょでは調査はまだ手も着いていないのでは。 もうひとつ大きな問題として明らかになったのがNHK『クローズアップ現代』(昨年放送)への日本郵政の対応。NHKに抗議に動き、NHKは放送内容を遺憾とする会長名の文書を郵政に届けた。公共放送への重大かつ悪質な圧力だ。
○不正を生んだ背景としての民営化、それに三事業のあり方 金融二社から日本郵便に流れる業務委託料は二社合わせて毎年約1兆円。日本郵便窓口部門の一年間の総収益は約1.2兆円だから大半を占める。ユニバーサルサービスを課せられた日本郵便が独立採算でやっていくにはそれくらいの資金注入が必要。委託料の名に恥じない実績作りを求められることが渉外労働者に対する無理なノルマに。→民営化・分社化の矛盾が露呈。金融部門の詐欺的商法が日本郵便のユニバーサルサービスを支えている?! さらに言えば、民営であろうが国営であろうが、金融部門の稼ぎで郵便を支えるという構造でよいのか? 民営化・分社化によって矛盾があからさまにはなったのだけれど。
○給与制度改悪の問題、私たちの「新人事・給与制度」反対運動に欠けていた点 そして、ノルマ達成に目の色を変えざるをえなくさせられたのが渉外部門について基本給を12%削って業績手当の原資にまわす賃金制度改悪(2015年度から)。その前段、私たちは「新人事・給与制度」改悪反対に全力をふりしぼったつもりだったが、渉外労働者のこの問題は視野に入っていなかったのではなかろうか。
○そこで12月1日に企画している交流討論集会である 当日の会場は文京シビックセンター3A会議室です。13時から17時まで。 かんぽ不正(ゆうちょも)の問題が当然テーマのひとつになると思う。しかし、集配や郵便内務で働いている・働いてきた私たちにとって、かんぽやゆうちょの問題はちょっと遠いところにある気がするというのが正直なところではないだろうか。その上で、どのような討論を作っていったらいいのか。 このあと討論して ○土曜休配への動きを現場から考える(仮題) ○郵便非正規雇用労働者の実情から休息時間剥奪の動きを考える(仮題) ○大阪西パワハラ自殺を考える大阪集会(11.9)報告とかんぽ・ゆうちょ不正問題など(仮題) 以上三つのテーマを設定して、それぞれ報告者を立て討論していくという方向を出した。 これから一ヶ月半、この集会の成功のため尽力するつもりだ。
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by suiryutei
| 2019-10-16 09:20
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昨日の午後、国道6号線(水戸街道)沿いにあるイトーヨーカドーに買い物に行った。我が家から車を走らせて10分ほど。 我孫子市内を走る国道6号に入るとき、右手のほうに利根川の河川敷が見渡せる。その河川敷一面に水が来て、大きな湖のようになっている。驚いた。 それで、買い物を済ませた帰り、すこし足を伸ばして6号線を下り、利根川にかかる橋を渡ってみた。我孫子市の対岸にあたる取手市には河川敷にゴルフ場がある。これまでにも大きな台風があるとそこが水没することは何度かあった。今回もそうなっている。しかし今回はそれだけでなく、田んぼがひろがるあたり一面に水が来ている。堤防が決壊したとは聞いていないから、水路から溢れて流れ込んだのだろう。我孫子側のほうの農免道路は水没して通行禁止になっている。 1978年に我孫子市に越して41年、利根川の側に暮らしていて、こんな光景は初めて見た。 その前の20数年、酔流亭は多摩地方の国分寺というところで育った。だから子どもの頃の馴染みの川は多摩川であった。利根川は中流より下は千葉県と茨城県の境界線になるのに対して、多摩川は東京都と神奈川県の境である。子どもだった酔流亭は国分寺の生家から府中街道を自転車で走り、府中市内の大國霊神社の境内を抜けて多摩川によく遊びに行ったものだ。フナを釣るつもりが、たいていはクチボソしか釣れなかった。 その多摩川が今度の台風19号で氾濫する様子もTVのニュース映像でくりかえし視た。 酔流亭にとって多摩川は「母なる川」、利根川は「父なる川」なのであるが・・・。 さて今朝、ついさっきのことである。 昨日午後からの雨は上がった。家の外に出てみると、金木犀(キンモクセイ)が花を付けだしている。まだ曇っているせいか、金色に輝くというより、いくらかくすんだような黄色である。香りも、漂うけれども例年よりまだ弱い気がする。 それでも、ともかく今年も金木犀が咲いた。去年は9月27日、一昨年は同26日に金木犀が香りだしたという記述がこのブログに残っているから、今年は本当に遅い。 それにしても、つい2~3日前に襲ったあの暴風・大雨をしのいで、よく花をつけてくれたものだ。 #
by suiryutei
| 2019-10-15 09:07
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台風19号関連で驚いたのは、東京都台東区でホームレスの人が避難所に入るのを拒否されていたという報道だ。拒否されたホームレスは2人で、どちらも男性。1人は午前、1人は午後に避難所に来たが、住所の記入を求められて「住所が無い」と答えたところ「区民が対象なので入れない」と断られた。 午前に来た男性は、新聞社の取材によれば64歳、一晩をどこかの建物の軒下でビニール傘ひとつで過ごしたという。あの暴風・強雨の中でどんな思いだったろう。この台風ではすでに30人を超す死者が確認されている。命にかかわることである。 命にかかわるといえば、台風とは別だが、7日に起きた朝鮮の漁船と日本の水産庁の漁業取締船の衝突事故のことが酔流亭は頭にひっかかっている。日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)で起きたと日本政府は発表している。漁船は沈没、約60名の漁民が海に投げ出された。幸い死者は出ていない。漁民たちは取締船の救出活動を受けた後、近くにいた朝鮮漁船に乗り移った。 TVニュースの画像や新聞の写真を見ると、取締船と漁船ではガタイが全然ちがう。取締船は堂々たる船体なのに漁船は小さく、はっきり言って老朽船だ。排他的経済水域から退去させるため約一時間以上、取締船から放水を続けているうち、漁船が旋回して取締船の左舷と漁船の船首が衝突したのだという。なお漁船が「違法操業」していたとは確認されていない。 排他的経済水域というのは公海である。日本の領海ではない。手元に地図があれば確認してほしいが、衝突の起きた大和堆の朝鮮寄り端っこというのは能登半島から北西約340㎞、日本列島と朝鮮半島のほぼ真ん中いくらか朝鮮半島よりくらいのところだ。報道をうっかり聞いていると日本に近い領海での出来事と間違えかねないが。 しかし、その名のとおり、そこにおける経済活動はその国に優先権があるのだから、朝鮮漁船がそこで操業していた、あるいはその準備になる行為をしていたのなら、退去を求めたのは当然だろう。 しかし、沈没するまで追い詰める必要があったのだろうか。人命にかかわることではないか。あの台風19号の暴風雨も凄かったが、自船より何倍も大きな船にぴったり並走されて一時間以上も海水の放水を浴び続けるのも相当にきついことだったろう。朝鮮漁船が操業はしていなかったことは日本政府も認めている(安倍総理は国会で、そう答弁)。 ところが、事件後、自民党の一部からは「甘い」「なぜ国内に連行してこなかったのか」という声が上がっている。それを咎める声は野党からもメディアからも聞こえてこないようである。いま日本国内では、朝鮮に対しては何をやってもいい、いやもっと強気に出ろ、という声が満ち溢れているようだ。そして従軍慰安婦や徴用工問題を通じて、朝鮮と同胞である韓国にも敵意が向けられているのは、このかん見られるとおりだ。 ちょっとおかしいのではないか。 #
by suiryutei
| 2019-10-14 09:21
| ニュース・評論
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昨夜は、雨、風とも次第に強くなってきていたけれど、早い時間から眠くなって、9時過ぎには寝床に入ってしまった。 そんなときは、夜中に目が覚める。時刻は何時ごろだったろうか。風の音はやんでいる。寝床を出て灯りをともそうとして、それが点かない。停電したのである。 ここが酔流亭のぐうたらというか駄目なところで、風の音がしなくなったのをいいことに、また寝床に潜り込んで寝てしまった。気温は高くて、毛布一枚だけでも暑いくらいだ。 連れ合いのほうは、夜中、停電に気づいたとき、続けて断水したときの用心に鍋なんかに水を蓄えておいてくれていた。彼女がそれをやっているとき、酔流亭はまた眠りの中である。われながら暢気なもんだ。なお、幸い断水はなかった。 今朝は5時半ごろ起きた。外は台風一過の青空だ。停電はまだ続いていた。復旧したのは6時前であろうか。 郵便受けには朝刊も届いている。2~3日前に、12.13日は配達が遅れるかもしれませんという折り込みが入っていたので、朝刊は昼頃になるのを覚悟していたのだが、意外と早い。夜を徹しての印刷、暴風の中での配送だったのだろう。昨日午後の夕刊もほぼ時間通り配達されていた。 家の外を一回りしてみる。これといった被害は確認されない中で、庭の三椏(ミツマタ)の木がなぎ倒されていた。7~8年前に植えたもの。春先になると黄色い花が咲き、よく香った。花期も長くて、初め黄色だった花がだいだい色に変化していく。しかし、来年の春はそれを愉しむのは諦めなければならないようだ。角のところに植わっていたから、風圧をもろに受けたのだろう。金木犀(キンモクセイ)は無事だが、今年はどうしたことか10月もなかばになるというのにまだ花をつけない。あるいは前回の台風15号の影響か。トカゲが一匹、サツキの葉の上に乗って朝の陽を浴びている。 今朝のTVは各局ともあちこちの台風被害の模様を伝えている。首都圏でこんな大きな被害はたしかに記憶にない。 酔流亭が子どもだった1960年代、台風が来れば停電を覚悟しなければならなかった。戦争が終わってまだ10数年、インフラストラクチュアが貧しかったのである。子どもたちは学校から早帰りできたり、家の中でロウソクを灯すのになんだかワクワクするようなところがあった。 そんな時代はもう過去のものかと思っていたのに、このところの異常気象・災害はひどい。たった今、連れ合いのスマホに大きな警戒音があって、利根川が氾濫の危険だと。我が町・我孫子の横を流れている川だ。夏の夕方なんか、利根川の河川敷からカエルの合唱が聴こえてくる。利根川の河川敷は広大だし、我が家はちょっと高い土地にあるから流される心配はないけれど。 それにしても、このあいだ国連での16歳のスウェーデン人少女の訴えが身に染みる。 #
by suiryutei
| 2019-10-13 09:19
| 身辺雑記・自然
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昨日、午後1時半から、東京高裁の825法廷でユナイテッド航空客室乗務員の解雇撤回を求めての第一回裁判があった。解雇された原告たちの訴えが東京地裁では退けられたので、高裁に上告していたのである。詳しくは下のレイバーネットの記事を。50人ほどが座れる傍聴席は支援者で一杯になった。 法廷は30分ほどで終わり、裁判所の隣りにある弁護士会館の一室で報告会。それが終わったのが午後3時である。 HOWS(本郷文化フォーラムワーカーズスクール)の女性メンバー数人が傍聴に駆けつけていた。この人たちは今から女性労働問題について会議をやるという。酔流亭はそれについて行って日比谷公園の中にあるカフェに入った。弁護士会館から通りを渡れば日比谷公園がすぐ広がっている。 女性たちは店内で会議を始めたが、酔流亭は離れたところのテラス席でグラスのビールを飲みながらバッグに入れてあった大西巨人『神聖喜劇』の第一巻目を開いた。上記HOWSでは『神聖喜劇』の読書会も続いている。文庫版全五巻のうち四巻目まで進んだ。次の読書会は少し先で来年一月下旬である。そこで、それまでに初めからもう一度読み直しておこうと思っているのだ。 午後4時が近づいたので、カフェを出て文部科学省に向かう。毎週金曜日、午後4時から、文科省前では朝鮮学校の授業料無償化適用を求めて「金曜行動」が取り組まれている。酔流亭はいつも参加しているのではないけれど、せっかく金曜の午後に霞ヶ関に来ているのだから、この日は参加しようと思った。 文科省の前は、朝鮮学校の生徒たちや卒業生たちでいっぱいだった。彼ら彼女らのお母さん、日本人の支援者らもいる。辺野古デモでよく顔を合わせる人もいた。朝鮮学校だけを除外して行なわれている授業料無償化の原資は、今月から10%に引き上げられた消費税が充てられている。在日の人たちも、言うまでもなく消費税をはじめ諸々の税金を納めているのである。このことだけでも理不尽な話だ。朝鮮人差別の理不尽さは他にもたくさんあるけれど。 日比谷公園のカフェでの会議を終えた女性たちも途中から合流した。台風の影響で風が次第に強くなってくる。しかし無償化除外の不当を訴える声は風に負けず響き渡った。 #
by suiryutei
| 2019-10-12 09:20
| ニュース・評論
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今日の朝日新聞朝刊に掲載された、徴用工問題についての小説家・平野啓一郎氏の発言は読み応えがあった。 平野さんは今日の技能実習生の問題とつなげて考えている。強く同感する。 元徴用工、李春植(イチュンシク)さんのインタビューを読むと、今の技能実習生の問題と生々しく重なりました。異郷の地で過酷な労働をさせられてどんな気持ちだったろうか。労働者は大切にされるべきだという価値観があれば、元徴用工問題の判決文を読んでショックを受けないはずはありません。 働く者の状態が戦前よりは改善されているはずの現代であっても技能実習生として来日・滞在しているアジア諸国の若者たちの働かされ方は酷いものだ。その一端は先日放送されたNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』からも窺われる。外国人労働者の状況改善に取り組む鳥井一平さんに取材した番組だった。 今日でも状況がこうなのであれば、戦前・戦中、日本が朝鮮を植民地支配していたときの朝鮮人労働者たちが徴用されてどのような働き方をしていたか想像がつかないほうがおかしい。 平野さんの「韓国大法院判決文も読まないような出演者にコメントさせてはいけない。みんなまず、あの判決文を読むべきですよ」という発言に促されたから、というわけでもないだろうが、今日の朝日朝刊には一ページまるまる使って『徴用工 こじれる日韓』という解説記事も載った。その記事中、こうある。 ・・日本政府も個人の請求権があることは否定しないが、協定によってこの問題は解決済みであり、判決は「国際法違反」河野太郎前外相)との立場だ。 この記事を書いた人は疑問を感じなかったろうか。個人の請求権があることを否定しないのであれば、国と国との間でどんなふうに話がつこうと、個人が請求することは否定されないはずではないか。国際法違反なる日本政府の主張はてんで見当外れだ。 玉田大氏という神戸大大学院教授(国際法)が、日韓両政府に注文をつけつつ、またトンチンカンな解説をする。 ・・一方で、韓国政府による「三権分立で政府は(司法に)介入できない」という主張にも無理がある。国家間では条約が国内法に優先する。ナチスのユダヤ人迫害や南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策がその国の法律では認められても、国際法では違法なのと同じ理屈だ。 法学者というのは形式論理しか理解できない人が少なくないらしい。ユダヤ人迫害や人種隔離が許されないのは、国際法より先に人道・人権に反しているからである。韓国大法院判決はそれらと真逆の方向を向く。徴用工への酷い扱いはユダヤ迫害や人種隔離につらなるものではないか。 形式論理をふりかざす法律学者より、「いきなり国家利益の代弁者になって考えるのではなく、まず一人の人間として彼らの境遇を思うことが大切です」という小説家(平野氏)の感性のほうに酔流亭は共感する。 #
by suiryutei
| 2019-10-11 09:23
| ニュース・評論
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飛騨古川の[蕪水亭]ご夫婦が今月も東京に出店をされた。一昨日と昨日の二日間、昼間だけの営業。 正午過ぎに伺った。カウンター席とテーブルが一つの店内は一杯の盛況である。[蕪水亭]なじみの人に混じって、初めて[蕪水亭]の味に触れた人はさぞビックリしたことだろう。どれも飛びきり美味しいのだから。 女将の修子さんが[蓬莱]の<亀の尾>を大きなグラスになみなみ注いでくださる。これが旨くて、ついつい進んでしまう。この秋一番の大酒となった。 では今日は二日酔いだろうって? いえいえ今朝の秋空のように爽やかな気分です。
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by suiryutei
| 2019-10-10 08:51
| 酒・蕎麦・食関係
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来日中の韓国の音楽グループ<ノレペ・ウリナラ>のコンサートを聴いてきた。会場はかめあり リリオホール。千代田線亀有駅のすぐ前にあるイトーヨーカドーの9階にある。610席という座席がほぼ埋まる盛況だ。 デジカメを持っていかなかったので、コンサートのチラシ写真を代用します。こういう感じの5人組グループに、途中、ゲストとして中川五郎さんも登場して二曲歌った。全体でちょうど二時間のステージだった。 グループ名であるノレペ・ウリナラの<ノレ>とは歌、<ウリナラ>は私たちの国という意味だそうだ。コンサート開催の趣旨は朝鮮学校支援である。朝鮮学校の生徒たちが座席の最前列のほうに招待されていた。日本政府の共和国敵視政策の下で、授業料無償化から不当にも排除されている朝鮮学校の生徒たちにとって、<ノレペ・ウリナラ>は南の韓国から来た力強い応援団だ。もちろん、この夜、会場に来た日本人の私たちも朝鮮学校支援の思いは一つである。 コンサートの中で、16年のキャンドルデモの映像などと共に、1980年に起きた光州蜂起の映像も映し出された。独裁政権がくりだしてきた軍隊に囲まれながら武器を手に立ち上がる若者たち。広場に並ぶ夥しい数の棺。 民主化をかちとるまでに韓国はいかに多くの犠牲を払ってきたことかと胸がつまった。かつて金大中氏に鋭く指摘されたように、それと比べると戦後日本の「民主主義」はあまりにヤワだ。こんにちの日韓関係悪化の根底にあるものの一つがこれである。 さて亀有は下町らしく、ちょっとそそられる居酒屋が多い。コンサートが終わってから、墨田のカッパさん、Tさんと[ハッピー]という居酒屋に行った。ここがなかなか良かったのですね。また別の機会に書こう。だから下に貼り付けるサイトは酔流亭のではないですよ。 #
by suiryutei
| 2019-10-09 09:35
| 音楽
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5日の更新記事で安倍「所信表明演説」を批判したとき、あのパリ講和会議における日本の人種平等提案について、同時代の石橋湛山がたしか何か書いていたはずだと思ったのだが、調べる時間がなかった。 一昨日、高校の同窓会から帰宅してから、本棚の石橋湛山評論集(岩波文庫)をパラパラやっていたら、その箇所が出てきた。『東洋経済新報』1921年7月30日~8月6日~8月13日号の3号にわたる社説『大日本主義の幻想』の中に書かれている。その部分を紹介しよう。岩波文庫版同書では117~8ページである。 ・・・道徳はただ口で説いただけでは駄目だ、またお前がこうするなら、おれもこうするという如き弱きことでは駄目だ。他人には構わず、己れまず実行する、ここに初めて道徳の威力は現わるる。ヴェルサイユ会議において、我が大使が提案した人種待遇問題の如き、わけもなく葬り去られた所以はここにある。我が国は、自ら実行していぬことを主張し、他にだけ実行を迫ったのである。だから当の米国・英国が反対しただけではない。支那からも、どこからも、真面目な後援を得られなかった。もしこれらの国からの後援を得たならば、かの問題は、ああ無残に破れはしなかったろうと信ずる。 これが時代の証言であり、実態であろう。反省しなければならないことを安倍首相は美化して恥じない。だから歴史修正主義だというのだ。 ※5日の更新記事はこれです。 #
by suiryutei
| 2019-10-08 09:06
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高校の、いや中高一貫校だから中学時代も含むのだが、その同窓会に久しぶりに参加した。 過去、クラス単位での同窓会には二度ばかり参加したことがある。40歳になったときと、50歳くらいのときだ。後者からすでに15年ほどが経っている。そして今回はクラスではなく学年でのもの。5年に一度の割で開いてきたそうだが、酔流亭は今回初めて参加した。 会場は新宿にある大きなホテルの中の宴会場だった。ホテルは大成建設本社の近くだから、このあたりなら酔流亭には土地勘がある。ほぼ月一度は行なわれる辺野古基地反対の新宿デモでよく通過するからだ。大成建設は辺野古基地工事に早くから関わっているので、私たちは新宿でデモをやるときは大成建設本社前を通って抗議のシュプレヒコールをぶつけるのである。 それはさておき、ホテルに入り、宴会場のある地階に降りると、T君とY君に出会った。二人とは中学のとき水泳部で一緒だった。T君の顔を見ているうち、中学三年生のとき競泳の地区大会で彼が200㍍バタフライを力泳した姿をありあり思い出す。彼の同種目3位入賞は、その年の我が校の地区大会団体優勝に貢献したのである。T君はこの日の司会。卒業生122人、先生方も6人が出席される盛況であった。 司会のT君が会の冒頭、その名前を一人一人読み上げた。われわれの学年ではすでに32人がもうこの世の人ではない。一クラス50人ちょっとで8クラスの編成だったから、学年全体で400人を超している。そのうちで亡くなったのが32人というのは、どう受け取ればいいのであろう。1954年4月ー1955年3月の生まれの学年であるから、64歳か65歳。この年齢ではこれが世間並みということだろうか。全員で30秒の黙祷をした。 こんかい同窓会に出席しようという気になったのは、幹事のひとりW君から世界史の綿引弘先生をお招きすると聞いていたからである。 酔流亭は、途中で退学した大学での二年半を含めて、この綿引先生の授業ほど充実した講義を他に知らない。ご自身も教科書を執筆していたが、授業では教科書はほとんど使わなかった。チョークで黒板に要点をつぎつぎ書いていき、ヤジルシでそれをつなぐ。そのヤジルシで歴史的事件はこういう原因があってああいう結果になったんだということがじつによくわかった。 先生の授業の魅力については、小説家の赤川次郎さんもエッセイに書いている。赤川さんはわれわれより少し上の学年で、中学一年のときのクラス担任が綿引先生であった。 酔流亭にも綿引先生の世界史に触れた過去記事がいくつかある。比較的最近のものを挙げておこう。 そんな綿引先生と言葉を交わすことができたのは嬉しかった。今年83歳になられて、快活さは授業を受けた46~7年前と少しも変わらない。 会場では水泳部で主将だったK君、100.200㍍平泳ぎで中学の東京都選手権準優勝のS君とも顔を合わせた。ほとんど卒業以来である。K君は「君とは主義・主張は違うけれど、ブログ読んでいるよ」と。 嬉しい言葉だ。 #
by suiryutei
| 2019-10-07 09:38
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昨日開会した第200回臨時国会冒頭での安倍首相の「所信表明演説」は、例によって内容空疎とだけ言ってすませておくわけにはいかないシロモノであった。ここでは結びの<五・終わりに>のところについてだけ触れておきたい。ネットに配信されている演説全文からその箇所を貼り付ける。 「提案の進展を、全米千二百万の有色の人々が注目している。」 第一次世界大戦終結にあたってパリで開催された講和会議での日本代表団の振る舞いについて述べているのである。すらっと読んでしまうと、まるで日本代表が高潔な理想を掲げて植民地主義と対決したみたいである。 けれどもこれはとんでもない歴史の偽造だ。 現実の日本代表団の獲得目標(日本政府の外交方針)は、中国・山東省の旧ドイツ権益の譲渡と赤道以北のドイツ領南洋諸島の割譲であった。また「世界中に欧米の植民地が広がっていた当時」と言うけれども、日本だってその時点(1919年)で朝鮮を植民地支配しており、その足元では3.1独立運動が燃え広がっていたのだ。 「『人種平等』を掲げた」と言うのは、国際連盟の発足にあたって人種平等の条項を加えるよう日本が提案したことを指すのだろうが、成立後の国際連盟において日本が人種的偏見によって不利になることをまぬがれようとする一国的な打算によるものであった。当時においてだって、少なくとも建前としては「人種平等」を否定する国はなかった。しかし、それが日本一国の狭い駆け引きから出た提案であるのがミエミエだったから各国代表は冷淡にあしらったのである。 書いておかねばならないのは、労働法制委員会における日本の委員の対応だ。委員会において日本の代表は賛否を即座に決することができず、いちいち本国政府の訓令を仰いだが、それがまるで資本家の要求そのものであった。委員会の決議する労働条件を日本だけはなんとかまぬがれようとして、牧野伸顕全権(上に貼り付けた安倍演説に出てくる、あの牧野伸顕だ)は10カ年の適用猶予を交渉した。 これを見て欧米諸国は、日本が自国の労働者にさえ差別的待遇を与えているのに、外国に対して人種平等を要求するのは矛盾ではないかと批判したのである。 マスメディアや野党指導者の安倍所信表明に対するコメントで、この部分に論及されたのを見ない。あまりに問題山積の演説だったので、そこまで言い及べなかったのかもしれないけれど、こんな歴史の書き変えを放っておいてはならないと思う。 #
by suiryutei
| 2019-10-05 09:21
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都心で夜の会合があった。1時間ほど早く家を出、常磐線快速の上り電車に乗って柏駅で途中下車する。 柏の市立図書館に寄りたくなったのだ。 その動機だが、水町勇一郎『同一労働同一賃金の全て』の新版がつい最近出たとネットで知ったのである。酔流亭にとって興味のあるテーマであり、水町教授の同問題についての断片的な発言は新聞等で目にしている。しかし断片では物足りない。よほど買おうかと思った。 ところが定価が税込みで2860円である。本体2600円に消費税10%、260円が追加される。 安くはないが買って買えないことはない。このあいだ500円の図書カードをスーパーのくじ引きで当ててもいるし。ただ、時期が悪い。消費税が8%から10%に上がった出鼻というのがなんとも癪ではないか。同書の刊行が9月30日で、刊行を酔流亭が知ったのは10月1日である。 そこで、新刊書店に走るより、同教授の何か旧著がないか図書館でさがすのを先にしようと思ったのだ。我が町・我孫子の図書館には彼の著書は『労働法入門』(岩波新書)しか見当たらず、その本なら前に借り出して読んでいる。 さて柏の図書館でさがすと、すぐ見つかった。『労働法』第5版(水町勇一郎著 有斐閣 )。初版は2007年で、その第5版は2014年に出ている。本屋で新刊を買ったとすれば定価は3400円+税。 もう一冊、熊沢誠さんの『格差社会ニッポンで働くということ』(岩波書店)も借りた。こちらも2007年の刊行だ。 このあいだ小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)を読んで、これはたいした本だと感心した。ところが、そのあと我が家の本棚にある熊沢誠『日本の労働者像』(筑摩書房 1981年刊)を久しぶりに読み返してみるに、小熊さんは熊沢誠さんの先行研究からいかに多くを吸収していることか。こんにちの日本の労働社会がいかなる経過をへて成立してきたのかを述べたあたりだ。そして『日本社会のしくみ』でもっともブリリアントなのはその部分なのである。いっぽう一巻のまとめとなる(したがって小熊さん自身の考えが押し出されてくる)最終章については酔流亭はあまり共感できなかった。 そのへんのことは先月27日の更新記事に書いたとおり。 本には金を惜しむな。灰谷健次郎の小説『太陽の子』の中で登場人物がこう言うのを読んで酔流亭はそれに倣おうと思い、生きてきた。しかし消費税10%は大敵だ。貸出期間2週間以内に読み切らなくてはいけない(水町『労働法』は522ページもある。2週間で読めるかしら)とか書き込みができないとか色々制約があるけれど、図書館をおおいに活用して乗り切ろう。いや消費税そのものを廃止する闘いが必要か。 #
by suiryutei
| 2019-10-04 15:58
| 身辺雑記・自然
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