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昨夕は『伝送便』7月号の初校作業があった。 今月は案に相違して原稿の集まりがよい。限られたページ内に収まりきらなかった。編集する側としてはうれしいことである。しかし、こういう場合、削られる憂き目を見るのは、編集者自身が書いた原稿だ。 というわけで、酔流亭が2本用意した原稿のうちの一つは載らないことになった。下が、そのまぼろしとなったゲラ。 全文を写しておきます。 六月六日、松戸市民会館大ホールで開催された『太陽の運命』上映と三上智恵さん(ジャーナリスト、映画監督)講演の会に参加した。午前と午後二回の開催で、約一二〇〇の席がある同ホールは大盛況だった。 ![]() 太陽を沖縄では<ティダ>と言い、リーダーという意味もある。映画は、沖縄の民意を背に中央政府と対峙した二人の県知事、第四代の大田昌秀(一九二五~二〇一七)、七代の翁長雄志(一九五〇~二〇一八)の姿を追う。元々は沖縄史やジャーナリズムを研究する学者だった大田と、保守政治家の家系に生まれ、沖縄自民党の青年部長として活動のスタートを切った根っからの政治家・翁長とは対照的な肌合いだ。このエピソードは映画では描かれていないけれど、ウィスキーが好きな大田を指して、県民の代表たる知事が泡盛を飲まずに舶来のウィスキーを飲んでいるとはけしからんと、県議会で翁長が追及したことがあると、どこかで読んだ。太田県政は一九九〇年から九八年、翁長が県会議員を務めたのは一九九二年から二〇〇〇年なので、時期がほぼ重なる。大田革新県政批判の急先鋒だったんだな、翁長さん。 しかし、保革を超えて<オ-ル沖縄>を結成して二〇一四年に知事に就任した翁長は、かつて大田が対峙したのと同じものにぶつかる。ヤマトゥの沖縄への無理解である。その無理解は、現在ではことに、三月に辺野古沖で起きた船転覆事故(乗船していた修学旅行中の京都の女子高生と船の船長の二名が死亡)をめぐる政府の対応、メディアやネットでの言論に顕わだ。高市政権が教育基本法を持ち出すのはまったくの場違いで露骨に政治的だし、ネット上の沖縄ヘイトは目に余る。映画上映に続いた三上智恵さんの講演では、三上さんはこの問題に時間を割かれた。が、それを紹介する紙幅が無い。そこで・・。 三上さんが琉球新報五月五日付朝刊に寄稿した『なぜ始まった?辺野古「海の座り込み」平和な島願い、非暴力の抵抗』という文章がネットで読める。<三上智恵 琉球新報>とグーグル検索すれば出てくる。これを、検索の労を厭わず、ぜひ読んでほしいのだ。 なぜ始まった?辺野古「海の座り込み」平和な島願い、非暴力の抵抗 もうひとつ。大田も翁長も、辺野古に新たな軍事基地など造ることなく普天間飛行場を返還させようと苦闘した。この問題に首都圏で取り組んでいる〔辺野古の海を土砂で埋めるな!首都圏連絡会〕が作った新リーフレットが同連絡会のブログからダウンロードできるので、活用してほしい。 https://henokoumeruna2018.exblog.jp/ ![]() 『伝送便』7月号は今月30日に完成、発送の予定です。
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by suiryutei
| 2026-06-24 07:54
| ニュース・評論
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今日、6月23日は沖縄〔慰霊の日〕である。沖縄守備軍の司令官だった牛島満中将と長勇参謀長は、1945年6月23日の未明、摩文仁岳中腹の軍司令部壕内で自刃して果て、沖縄守備軍の指揮系統は失われた。米軍はすでに6月21日に日本軍の組織的抵抗は終わった旨、翌22日に世界に宣言している。 しかし、組織的な抵抗は終わっても、戦闘がそれで終わったわけではないところに沖縄戦の本質が顕われていると思う。 すなわち牛島司令官は自決する直前、米軍から届いていた降伏勧告を黙殺し、それどころか全軍に向かって「諸子よ、生きて虜囚の辱めを受けることなく・・」と全滅するまで戦えという<最後の命令>を発したのである。 司令官なら、すでに勝敗が決しているなら、自分が自決するのは勝手だが、部下や住民にこれ以上の犠牲が出ぬよう降伏の処理をしておくのが務めである。ところが、牛島の頭にあったことは、<本土>に向かう米軍にすこしでも消耗を増やすように沖縄を犠牲にすることであったのだ。 6月23日以降も戦闘はあちこちで続き、それだけでなく、米軍にはもう太刀打ちできない敗残日本兵による、沖縄住民を米軍に協力したスパイ視しての虐殺や食料略奪も止まなかった。大田昌秀『沖縄ー戦争と平和』は「沖縄戦の終結は1945年9月7日とするのが史実に即して妥当します」としている(朝日文庫版同書148ページ)。 この本の著者、大田昌秀ご本人(1925-2017、元沖縄県知事)は沖縄師範学校生徒として鉄血勤皇隊に動員され、米軍の捕虜となったのは10月になってからである。 さて先ほど視た午前7時台のNHKTVニュースでは、沖縄戦の語り部を務める85歳の男性と、その娘である53歳の女性が紹介されていた。男性も6月23日の後2か月近く洞窟に隠れていて、出て来たのは8月になってからだという。娘である女性のほうは、直接の戦争体験はない自分にできるだろうかと悩みながらも、父を継いで沖縄戦のことを若い世代に伝え始めたという。 ところがNHKニュースはこの2人の後、話題が鹿児島県の喜界島にあった基地から沖縄に出撃した特攻隊機のことに飛ぶ。若者に死を強制した特攻も戦争の悲劇として伝えられなくてはならない。しかし、京都出身の特攻乗組員が喜界島の基地から沖縄に向かって出撃していくというほうに話が移ることによって、沖縄島民よりも<本土>の側にTVカメラは視点が動いてしまったのではないか。 くりかえすが、特攻隊のことを伝えるのが悪いのではない。だが、せめて沖縄〔慰霊の日〕当日くらいは、沖縄からの視点に徹するべきではなかったろうか。 しかもさらにそのあと続いたニュースは、鹿児島県徳之島で米海兵隊と陸上自衛隊とが無人機を使った共同訓練を行ったというものであった。 なんともはや。 上の写真(平和の礎)は2011年6月、生まれて初めて沖縄を訪ねたときに撮影した。その年の〔慰霊の日〕の一週間後のことだった。
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by suiryutei
| 2026-06-23 09:10
| ニュース・評論
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わが家の昼食は午前11時からと決まっている。大リーグで大谷翔平選手らが属するドジャースの試合の実況は、日により球場によって違うこともあるが11時から始まる場合が多い(試合開始は11時10分)。ドジャースの本拠地ロスアンゼルスではその時刻が日暮れどきで、ナイターの開始時刻なのだ。それで我が家ではその実況を視ながら昼食をとるのが、このところの習慣のようになっている。野球の試合はたいてい3時間前後の長さになるから、最後までは視ないけれど、大谷の3打席目くらいまでは視る。 なお、今日はデー・ゲームで、こちらでは午前5時から中継が始まっていた。7時台にニュースの合間にBSをちょっと覗くと、今日のドジャースは大敗のようだ。 ところが昨日は、山本由伸投手の先発でドジャースの試合(対オリオールズ戦)があったにもかかわらず、この試合の日本での実況中継は無かった。ドジャースの試合をいつも独占的に放送するNHKBSとしては、昨日は午後1時キックオフのW杯サッカー、日本対チュニジア戦に集中する、ということであろう。 しかし、例によって午前11時から昼食を摂る。視るともなくTVを点けると、NHK地上波では『あなたのファミリーヒストリー』という番組をやっていて、沖縄の特集である。沖縄の3組の家族のご先祖の軌跡が紹介される。3年前放送の再放送ということである。沖縄〔慰霊の日〕が近い(明日23日だ)からだろうか。 そのうちの1家族のご先祖に小山松美という人がいた。沖縄戦のとき洞窟に避難していた住民たち約200人に<集団強制死>が迫る中、米軍に投降を呼びかけ、しぶる人々を説得し、それを実現したのだという。今でも村の救世主と慕われているという。 いま<集団強制死>と書いたのは、日本軍は住民の投降を許さなかったからだ。沖縄の住民は、女性も子どもも老人も全員が皆殺しされるまで戦って、いわゆる<本土>に米軍が向かうのを一日でも遅らせろ、というのが日本軍の方針であった。だから、小山松美という人の投降呼びかけは、友軍であるはずの日本軍に殺される危険を冒してのものであった。 このケースに限らず、死を強制する(<本土>のために犠牲となれと強要する)日本軍に抗って、住民の命を救った例はいくつもあったことを、酔流亭は『沖縄戦ーもう一つの見方』(佐々木辰夫著、スペース伽耶から2012年刊)という冊子によって教えられた。 一昨年、さる読書会で目取真俊氏の文学について報告を担当したときには、以下のようなことを述べたことがある。 ・・2017年の『神ウナギ』において、ハワイに移民体験のある勝栄が洞窟(ガマ)に籠る住民たちを説得して集団投降させ命を救うエピソードは、やはりハワイ帰りだった比嘉平治氏とおじの平三氏が下区壕(シムクガマ)に籠る約1000人の住民を集団投降させた史実などをモデルにしたのでしょう。作中、島言葉を使ってハンドマイクで投降を呼びかける日系米兵が登場します。実際何名も米軍に従軍していた彼らは沖縄からアメリカに渡った移民労働者の二世です。かつての移民労働者と移民労働者二世とが立場の違いを越えて住民救命のため協力した例がいくつもあったと『沖縄戦―もう一つの見方』(佐々木辰夫著、スペース伽耶刊)に書かれています。これは苛烈な戦場における同胞意識であったのみならずプロレタリア・インターナショナリズムの発現でもないでしょうか。 上は、当日の報告を文章に改めて寄稿した〔いてんぜ通信〕2024年夏号から引用。その〔いてんぜ通信〕寄稿の全文は下に貼り付けます。 さて酔流亭はサッカーWカップに対してはあまりいい印象を持っていない。そもそも国際サッカー連盟(FIFA)の商業主義やトランプへの媚びへつらいは目に余る。日本のサポーターたちが日の丸を振り回すのも嫌だ。81年前、沖縄では日の丸の下で何が行われたのかを考えざるを得ないではないか。ただ、昨日に関しては、NHKがWカップ中継に集中して大リーグ中継が飛んだおかげで、沖縄のファミリーヒストリーの一つに触れることができたのはよかったと思う。 なお昨日のチュニジア戦でも活躍した中村敬斗選手は我が町・我孫子の出身です。朝刊の地域面には彼の活躍に歓声を上げる我孫子市民の姿が報じられている。
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by suiryutei
| 2026-06-22 09:12
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今日は<父の日>である。わが家でも昨夜このメッセージと共にご馳走をいただいた。 ところで、酔流亭としては嬉しいニュースだ。NHKの旧い朝ドラはよく再放送されている。現在だと地上波では午後0時台に『マッサン』(2014年度後期)が、BSでは午前7時台に『ひまわり』(1996年度前期)が、それぞれ今年の作品『風薫る』の放送される直前の時間帯に放送されている。 このうち地上波の午前0時台では『マッサン』の次に8月3日から『ひよっこ』(2017年度前期)が登場するという。 酔流亭はこのドラマが好きで、放送当時もこのブログで何度か話題にしたし、2020年にも再放送されたときには『再放送「ひよっこ」とベストセラー「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」』なる文章まで草して〔A・Z通信〕(現在の〔いてんぜ通信〕の前身)に寄稿してしまった(〔A・Z通信〕第38号、2020年6月1日刊)。 NHK朝ドラとイギリス在のライター、ブレイディみかこさんのノンフィクションとがどう結びつくかは、上に貼った過去記事を読んでいただければ。 さて『ひよっこ』ではヒロインみね子(有村架純)の父が失踪したことからストーリーが大きく動き出す。父・実(沢村一樹)は、茨城県北部の農村から東京の建設工事現場にほぼ通年で出稼ぎ労働に出ていたのである。時代は高度成長期さなかの1960年代なかばのことだ。 というわけで、<父の日>ともすこしつながる話題でしょう。『ひよっこ』と『ぼくイエ』をくっつけようとしたのと同様、こじつけかな。 ともあれ8月からが楽しみだ。
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by suiryutei
| 2026-06-21 08:51
| 映画・TV
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沖縄のことをもっと知らなければと思い、手元にある沖縄関連の文書(単行本、雑誌記事、新聞切り抜きなど)を手当たり次第読み返しているところだ。 昨日、石原昌家氏(歴史家、沖縄国際大学名誉教授)の『サンフランシスコ条約とヤスクニの下の沖縄』という文章にもぶつかった。『季刊・社会評論』という雑誌の2012年秋号に掲載された論説である。 論説の終わり近くに、こういう記述があるのに驚いた。 「・・八〇年代半ばの三月、奈良県S高校の修学旅行生が、自衛隊基地内の<隊内食>の体験コースが組まれ、講演予定者の私を旅行社が断ってきたことがあった。二〇〇〇年前後になると、本土高校からの修学旅行は、米軍基地内体験コースも組まれるようになっていた。」 すぐに思うのは、今年3月に辺野古沖で起きた船転覆事故のことだ。 2名が命を落とした痛ましい事故である。安全管理が万全であったかは徹底的に検証されなければならないだろう。だが、沖縄での平和教育に対してここぞとばかりに続けられているバッシングは目に余る。その先頭に立つ日本政府は政治的中立を定めた教育基本法14条2項まで持ち出しているのである。 しかし、基地建設に反対する団体が運営する船に乗ることが政治的中立に反するというのなら、米軍基地内体験コースはどうなのか。しかも、いまネットで<修学旅行 米軍基地>と検索すると、修学旅行生が米軍基地内でエアガンを使った射撃訓練を体験したなんて記事だって出てくる。2023年、京都の高校の沖縄への修学旅行でのことだ。 こういう事例が、修学旅行として好ましくないという批判が民間から出されたにせよ、教育基本法に反すると政府がたしなめたとは聞かない。基地反対の側の船に乗ったことだけを問題にするのは、政府のあまりに露骨なダブルスタンダードではないか。 そもそも教育基本法14条は、1項で「必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とし、2項で「特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」とする。政治教育の大事さをうたった上で、それが特定の党派の宣伝になってはならないという趣旨である。意見が対立している問題の現場に身を置くことが政治的中立に反するということではないのだ。 辺野古基地建設の無理と不法はいよいよ明らかになってきた。平和教育や抗議団体へのバッシングはそれをごまかそうとするものだ。人の死を政治利用するのはやめろ。 #
by suiryutei
| 2026-06-20 09:24
| ニュース・評論
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